第31話 城ヶ崎美咲は教えたい

「颯太くんはクリスマスの予定はどうなんだ?」

 デジャヴか。そう思いながら俺は美咲先輩の質問に返事をする。

「両方埋まってますね」

 嘘はついていない。どちらとも彼女との予定でもなく、そもそも彼女などいないが、誇張でもなく事実だ。

 すると、美咲先輩は少し表情を暗くした。

「そうか……。せっかくだからご飯でもどうかと思ったんだけどね……」

 そう落ち込む美人な先輩の表情に俺の良心は痛む。


 花音たちとのクリスマスの話題の放課後、「バイトだから」と先に帰る虎徹を見送って俺は図書室に向かった。

 図書室では美咲先輩が待っている。すでに三年生は自由登校となっているため来なくても良いのだが、生徒会の引き継ぎなので来る際に勉強を見てもらうこととなっており、今日がその日だった。

 そして突然のクリスマスの話題である。

「……二十四日の夜なら、ご飯くらいの時間はありますよ」

 お世話になっている先輩だ。誘いを無碍にはできない。

 凪沙の付き添いも、夕方に帰ってくるため美咲先輩が言うご飯くらいなら問題ないだろう。そう考えて俺は提案した。

 すると美咲先輩は、普段の様子からは想像ができないような表情を浮かべた。

「ほ、本当か?」

「は、はい。……夕方くらいまでは用事があるので、夜だけでしたら」

 興奮気味な美咲先輩は距離が近く、俺は引き気味で返事をする。

「……すまない。取り乱してしまった」

 指摘する間もなく美咲先輩で姿勢を正す。

 無口というほどではないが、普段の美咲先輩は落ち着いた人だ。たった一つしか学年が違わないと感じさせないほど大人びている。

 自分で落ち着きを取り戻すのは美咲先輩らしいが、そもそも興奮している姿を見るのは珍しい。生徒会長に当選した時にはかなり喜んでいたが、その時くらいだろうか。

 そんな美咲先輩がクリスマスに予定が入った……しかも夜の短い時間だけで喜んでくれるのであれば、多少予定が詰まって忙しかったとしても、俺は提案して良かったと思えた。

「……それにしても、クリスマスに両方とも予定が埋まっているというのは、颯太くんは『リア充』というやつか?」

「えぇ……、まあ、今年に限ってはそうですね」

 去年も虎徹や双葉と遊んでいたが、ケーキを食べた以外は普段と特に変わったことはしていない。強いて言えば買い物がてらイルミネーションを見たくらいだ。

 今年のクリスマスは、イブの方はクリスマスは関係ないとはいえ、東京までバスケの試合を見に行くという非日常のイベントだ。当日の予定はまだ未定だが、そもそも休日に四人で遊ぶことは初めてだ。

 予定も埋まっているのだ、ある意味リア充と言っていいだろう。

 ただ、美咲先輩の表情が曇った。

「そうなのか……。それなら私と食事に行くと、彼女さんに悪いだろう」

「え? ん? 彼女?」

 彼女がいるなんて話を美咲先輩にした覚えはない。そもそも彼女すらいないし、できたことがないのだから。

「いや、彼女なんていないですけど」

「え? でもリア充って……」

 話が噛み合わない。だからこそ美咲先輩はとんでもない勘違いをしていることに気がついた。

「もしかして、恋人がいるかどうかでリア充って言ってます?」

「……違うのか?」

 反応を見るに、美咲先輩は『恋人持ち』であることをリア充と呼んでいる。

 おおよその意味は違わない。ただ俺は、妹や友達と遊びの予定が埋まっているという、文字通り『リアルが充実』しているという意味で俺は捉えていた。

「いや、すいません。間違っていないですけど、俺はリアルの人間関係が充実しているかどうかの話をしていました」

「そういうことか……。ということは、颯太くんに彼女はいないんだね?」

「そう言われるとなんか悲しいですが……。イブは妹が双葉の応援に行きたいって言うんで、前日から泊まりで東京に行くだけです。だから夕方まで予定が埋まっています。クリスマス当日は友達と遊ぶだけですよ」

 身の潔白を証明するため、クリスマスの予定を大雑把に話す。話す必要はないかもしれないが、話さない理由もない。

「ところで美咲先輩。クリスマスの話からは変わるんですけど、先輩の大学ってそれなりの距離がありますよね? 後学のために聞きたいんですが、一人暮らししたりするんですか?」

 美咲先輩の大学は、確か電車だけで三、四十分ほどの位置にある。徒歩も合わせて一時間くらいだ。

 通えないこともないが、高校が徒歩で十分から十五分くらいのため、遠く感じてしまう距離だ。

「一応そのつもりだね。父さんは実家から出てほしくないみたいなんだが、母さんは自立するためにも一人暮らしをしてみて良いんじゃないかって話になってるよ」

 金銭面的な援助は必要となるが、生活力の話をすれば一人暮らしをする理由としては十分だ。県内だが微妙な距離ということもあり、この機会に実家を出てみるということだろう。

「……そう聞くと言うことは、颯太くんもうちの大学が志望校だったりするのか?」

「あ、いえ。志望校とかは決めてないですけど、俺もいつかは一人暮らしするのかなぁって思って」

 実際、一時間かかるくらいであれば通える範囲だ。なんなら大学になれば二時間かけて通学している人もいるというくらいだから、金銭面を考えると実家を出るという選択をする人も多くはないだろう。

 そもそも俺は志望校どころか、進学が就職かすら考えていない。

「俺に美咲先輩が行くような大学に行く学力があると思います?」

「そうだな……、文系に強い大学だから、理系の颯太くんなら全く現実的ではないわけでもないぞ?」

「どうですかねー。……それより、先輩は大学に入ったらバイトしたりするんですか?」

 美咲先輩は今まで勉強や生徒会で忙しかったため、バイトをしたことがない。大学に入れば自由度は増すため、そこに関しての質問……雑談だ。

「……バイトはおいおい考えているけど、とりあえずは勉強だね。せっかく勉強するために大学に入るのに、そこを疎かにしてしまっては意味がないからね」

 言うことはもっともだ。『それならば』と次の質問をしようとするが、美咲先輩によって遮られる。

「颯太くん。言いたくはないんだが、もしかして勉強の話から逸らそうとしていないか?」

 まずい。バレた。

 勉強を始める前に美咲先輩が始めたことだが、会話を引き延ばせばその分勉強を始める時間が長引く。クリスマスの話題が終わりに近いと直感したため、話の引き出しが多そうな大学の話題に変えたが、それが失敗だったのだ。

「さて、クリスマスを楽しむためには補習を受けないようにしなければならない。補習を受けるためにはテストで赤点を取ってはダメだ。テストで赤点を取らないためには……わかるよね?」

「……はい」

 途中までは上手くいっていた思いつきの『勉強開始時間を引き延ばす』作戦。それが気付かれてしまい、否応なしな美咲先輩が鬼教官へと変貌した。

 敗因は美咲先輩に頭を使う勝負を挑んだことだ。そして話の切り替えが不自然だったこと。

 頭の回転の速さで、美咲先輩に敵うはずがなかった。

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