第30話 かのんちゃんは憧れる!

「もうすぐクリスマスだね〜」

 昼休み。俺、虎徹、若葉、花音で机を囲みながら昼食を摂っていると、花音は突然クリスマスの話題を出す。

 黒川の件は解決に至っているわけではないが、いつまでも気にしてはいられないと花音は普段通りに戻っていた。

「突然だな。……ってかまだ早いぞ」

 虎徹の言う通り、まだ十二月に入ったばかり……というか一日だ。クリスマスはまだ三週間も先で『もうすぐ』と言うにはまだ早い。

「藤川くん甘いよ! 中間テストも終わったばっかりなのにもうすぐ期末テストだし、あっという間だよ!」

 クリスマスは特別な日だ。彼女がいない身分としては普段の日と変わらないが、家族でチキンやケーキを食べるなり、友達と遊んだりする。去年は虎徹と若葉と三人で駄弁りつつもケーキを食べていた。

「今年はどうするかなぁ」

 嫌な予感がした俺はクリスマスの話題に乗っかった。しかし、それは叶わない。

「クリスマスはおいおい考えるとして……、颯太、勉強の方はどうなの?」

「ぎくぅ」

 わざとらしく俺はそう言った。

 いや、こんなことを口に出すわけもなく当然わざとだが、若葉は「もう!」とむくれた表情を浮かべる。

 怒られたくはないため、早めにネタバラシをしておこう。

「実は最近、美咲先輩に勉強見てもらってるんだよね。多分赤点は免れると思うってお墨付きをもらった」

 微妙そうな顔をしながら『多分』と強調されていたのは黙っておこう。

「美咲先輩って?」

「元生徒会長。同じ中学校で美咲先輩はバレー部だったから、体育館でよく顔を合わせて仲良くなったんだよ」

「へぇー」

 花音は俺と美咲先輩の関係を知らなかったため、ざっくりと説明する。

 生徒会長と言えば伝わるが、名前だけでは伝わらない。正確にはすでに退任しているが、代替わりがあったのは十一月下旬と最近の話だ。

「それより、なんで城ヶ崎先輩が教えてくれることになったの? 颯太のことだから自分から頼むわけないでしょ?」

「う……、前に大学が決まったって話をして、俺の勉強とかテストの話になってやむを得ず……」

 痛いところを突かれた。

 自ら進んで勉強をしたいと思うはずもないが、真面目な美咲先輩は後輩である俺が毎回赤点ギリギリというのを見過ごしてはくれなかった。

 そして真面目な美咲先輩はスパルタだ。勉強中を思い出して声に覇気がなくなる俺の内心を察することもなく、若葉は「じゃあ安心だね〜」と呑気に言っている。

 クリスマスの話題から逸れたことで興味があまりなくなった……と言うよりも、しょんぼりとしつつ花音は話を聞きながらも弁当をつついていた。

「とりあえずテストだね〜。クリスマスは……私はイブは夕方まで練習あるから、夜だけかクリスマス当日なら大丈夫だよ」

 話を逸らした本人が再び話題を引き戻す。そして「かのんちゃんは?」と若葉が聞くと、やはり食いついてきた。

「私はどっちも空いてるよー」

 俺は知っている。のではなく、ということを。

 まだ十二月に入ったばかりとはいえ、人気な花音が誘われないわけがない。女子はわからないが、男子に関しては勘違いさせないためにも断っているのだろう。

 そもそも花音が男子と遊びに行ったという話を聞いたことがないため、普段ですら男子に誘われても断っているのだろう。モテる花音が誘われないはずもなく、一度でもデートができたなら自慢する男子がいてもおかしくない。

 花音の確認が取れたところで、若葉は俺と虎徹の方に向き直った。

「虎徹と颯太は……空いてるね」

「空いてるけどさー……」

 聞くまでもなく俺と虎徹は空いている。ただ、聞かれずに決められるのは少々傷つく部分があった。

 ……いや、一部だけ埋まるかもしれない予定がある。

「あ、イブは無理かも」

「……お?」

 真っ先に反応したのは虎徹だ。嫉妬ではなく興味といったところだろう。

「残念ながら虎徹が考えてるようなことじゃないからな? 妹の付き添い兼双葉の応援だ」

「え、青木くん妹いたの?」

 反応したのは虎徹ではなく花音。正確には虎徹も反応していたが、花音の勢いに押されていた。

「ああ、うん。二個下に」

「へぇー」

 花音は驚いた表情を浮かべている。話題にも上がらなかったため、今になって妹の存在を話していないことに気がついた。

「バスケしてて双葉のこと尊敬してるから、今年は桐ヶ崎うちが全国に行ったし、応援したいからって必死にチケット取ってたよ」

 そのチケットも一回戦で桐ヶ崎が負ければ他校の試合を見るだけとなるが、それはそれで妹の勉強にもなるだろう。

「まあ、流石に中学生だから一人では行かせられないし、前の日から一泊して東京行くけど、イブの午後には帰ってくる予定。受験目前だし」

 妹は中学三年生。本来であれば呑気に観光している余裕はないが、せっかく行った東京で試合を見るだけというのは悲しいところがある。

 二十三日は少し観光するものの、夜は勉強。二十四日は試合が終わればすぐに新幹線に乗って帰ってくるため夕方にも戻って来れるだろう。

 そんな時期に勉強をすっぽかすのを許されたのは、普通の成績……俺と比較すれば優等生に見えるからだ。学力も十分に合格ラインに達している。

 花音は妹の話にやけに食いついてきた。

「妹さんって名前はなんて言うの?」

「凪沙。夕凪の凪に『さんずい』と『少ない』で凪沙』

「可愛い名前だねぇ〜。志望校はどこなの? 桐ヶ崎うち?」

「一応その予定だけど……」

 やけにぐいぐいと食いついてくる花音に俺はやや引き気味だ。花音は「妹いいなぁ〜。憧れる〜」と言っている。よほど妹が欲しかったのか、花音は若干素が出ていた。

「ちなみに若葉にも妹いるぞ?」

「え、そうなの!?」

「う、うん。中一で名前は『初めて』と『花』で初花ういかって言うんだけど……」

「いいなぁー!」

 いつもは俺や虎徹を押す側な若葉が押されている。花音はそれほどテンションが上がっていた。

「ちなみに俺は兄弟いないぞ」

「そうなんだー。私もだよー」

 別にお前には聞いていないとでも言いたげな反応だが、一応猫被りは継続している。

 そして花音の矛先は俺の妹……凪沙に向いていた。

「凪沙ちゃんってどんな子なの?」

「えぇと……、バスケは上手いかな? 勉強はそこそこできて、性格も明るくて、たまに告白されるって聞くから可愛い方かな。……うん、もうなんて言うか、両親の良いところ全部持ってった感じの子」

 そうやって良いところを挙げていくと、俺は少し惨めな気持ちになった。悪いところを挙げるなら、たまに俺や虎徹に対して辛辣な時があるが、基本的に良い子だからこそ兄としては複雑な気持ちになることがあるのだ。

「とりあえず、遊ぶなら二十五日にしよっか。せっかくなら一日遊びたいしね」

 俺の自己嫌悪と花音の暴走を遮るように、若葉が話を締めくくった。

 片方は妹との予定だが、両日とも予定が埋まった。

 今年は楽しいクリスマスになりそうだ。

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