第29話 かのんちゃんは呼んでみたい
話はひと段落した……と言っていいだろう。ただ、気になることもあり、俺はいくつか花音に尋ねた。
「そもそも、なんで本性を隠そうと思ったんだ?」
「中学校のことがあったから。特定の誰かと仲良くならないで、みんなに対して理想的な『本宮花音』を演じたんだよね。素のままだと敵を作りやすいと思ったし、どんな人でも一定数嫌われてるとは思うけど少なくしたいと思ったんだ」
「……それなら地味な格好してみるとかは?」
「んー……、それも考えなかったわけじゃないけど、地味ってだけでイジメにもなることあるからなぁ……」
花音はそう言うが、性格の良い美少女を演じようと思っても簡単にできることではない。地味でいる方が圧倒的に簡単だ。
「今は猫被ってるからっていうのもあるけど中学校の頃もそれなりにモテてたから、私って可愛いんだと思う。自分で言うことじゃないけど、何回も告白されているのに『私全然可愛くない〜』とか言う方が正直ウザイし」
俺はその言葉に心の中で激しく頷いた。
明らかにクラスの中心的な人物で彼氏もいるようなモテている人物が『私可愛くないからツラいよ〜』なんて言ってるところを目撃した時には、『だったら彼女ができたことないどころか告白されたことのない俺はなんなんだ?』と内心思ったことがある。
花音も何かを思い出してイライラしているようだが、ふと我に返ると可愛く咳払いをする。
「まあ、前も言ったけど、可愛いなら相応に性格が良い方が良いと思ったからっていう理由もあるよ」
そう言われるとそんな理由があったと思い出し、一理あるとも思った。
自分で自分のことを『可愛い』と言った時はナルシストが入っているのかとも思ったが、事実可愛いのに一切自覚がないというのもそれはそれでおかしな話だ。
「中学校の頃のこともあって他の人とは付かず離れずでそこそこの友達って感じだったけど、……本物っていうのかな、青木くんと藤川くんと若葉ちゃんの関係が良いなって思って、仲良くなりたいと思ったんだ」
「本物か……」
「うん、クラスが離れたとしても、卒業したとしても、三人は仲が良いままだろうなって。まだわからないけど、そんな気がする」
まだ高校生の今ではわからないこと。ただ、これからのことを想像してみると、なんとなく花音の言う通りな気がする。
若葉は普通に話してくれるだろう。二人きりで遊ぶことはなくても、虎徹と三人でなら普通に遊ぶだろうし、不意に街中で会っても若葉の方から積極的に話してくれる気がする。
虎徹は今でこそ常にと言っていいほど行動を共にするが、社会人になればそうはいかない。それでもたまに連絡を取ったり、しばらく会っていなくても気兼ねなく話せる相手だ。
「まあ、これからのことはわからないけどな」
「わからなくても、私には良い関係に見えるから」
そう言われるとむず痒くなる。嬉しいような、恥ずかしいような。
「……てか、虎徹と言えばなんだけど、虎徹もかのんちゃんのことを普通のクラスメイトだとしか思ってないと思うよ?」
他の人とは違い、虎徹は花音が人気だろうが他のクラスメイトと変わらない接し方をしている。それは俺以上に変わらない。
花音の求める『ただの本宮花音』として見てほしいということは、俺よりも虎徹の方が実行していると言っていいだろう。
しかし、花音は微妙な表情を浮かべている。
「藤川くんは他人に興味なさすぎるし。周りを気にしなさすぎて我が道を行くってタイプだから、私の話をしても『周り? どうでもいいだろそんなの』って言いそう」
不覚にも言いそうだと思ってしまった。やや大袈裟に言っている気がしなくもないが、少なからず近いことは言いそうだ。
「嫌いじゃないし良い人だとは思うけど、微妙な距離感が一番良いくらいの人だと思う。少なくとも仲良くなるのにも半年とか一年とかかかりそう。藤川くんって、今は青木くんと若葉ちゃんにしか興味ないでしょ」
目つきが悪いせいで周りに避けられやすい虎徹は警戒心が強い。仲良くなる大きなきっかけがなければ、花音の言う通り年単位で距離を縮めないといけないだろう。
他人に興味がない虎徹も、花音のことも可愛いというのは認めているが、周りが『かのんちゃん』と呼ぶ中で『本宮』と苗字呼びしている。自分から距離を縮める気がない。
……ぶっちゃけ、めんどくさいやつだ。
「まあ、俺と友達になりたいって思ってくれたのは嬉しいよ。……きっかけはまあ、うん、あれだったけど」
「それは……、うん。ごめんなさい」
花音と仲良くなったきっかけは『花音の本性を知る』ということだった。それだけなら聞こえがいい話だが、振り回されて脅されて、現状で落ち着いたといったところだ。
今となっては仲の良い友達だと俺も思っているが、思い出してみると花音の手のひらで転がっていた気がしてならない。
今さらほじくり返す話でもないため、これ以上は何も言わないでおいた。
すっかりと話し込んでしまい、俺は携帯で時間を確認する。
「……もう九時じゃん」
ゲームセンターを出たのが六時頃だったのは覚えているため、ご飯を食べ終えたのは七時よりは前だっただろう。つまり二時間は話していたということになる。
「遅くなってごめんね?」
「いや、大丈夫。門限とかもないし」
親からは三通のメッセージが入っており、『いつ帰るの?』『また時間だけ教えて』『彼女作るのはいいけど、泊まりはまだ早いからね』と書かれていた。
最後の一つは余計だろうと思いながら、余裕を持って『十時くらいには帰る』と伝え、『本気で俺に彼女がいると思ってる?』と送っておいた。
「さて、帰りますか」
ずっと座っていたため、凝り固まった筋肉をほぐすように伸びをしていると、裾を軽く引っ張られる。
「……最後に一つだけ、お願いがあるんだけど」
恥ずかしそうに頬を赤らめる花音。
ただ、もうわかっている。友達という存在に憧れを抱いていた花音は俺の理解できないところで照れるのだ。俺は平静のまま、「どうした?」と聞き返す。
「名前で呼んでもいいかな?」
やや照れ臭いことだ。それでも拒否する理由もないため、俺は即答する。
「いいよ」
その一言で花音は嬉しそうに口元が緩んだ。
「じゃあ、青木くん……颯太くんも私のこと名前で呼んで?」
「え、かのんちゃん?」
俺は『呼んでるじゃん』とでも言いだけに、名前を呼んだ。しかしそういうことではないらしく、花音は頬を膨らませる。
「え、っと……。花音」
「はい!」
名前を呼ぶと、花音は嬉しそうな表情に戻った。
コロコロ変わる表情が面白い。からかってみればまた変わるだろうかと思ったが、特に思いつかずに俺は断念する。
すると、花音は勢いよく立ち上がり、精一杯背伸びをして俺の耳元で囁いた。
「学校では今まで通りね。……私と颯太くんの二人だけの秘密」
花音は言い終えると離れ、ニコニコ……いや、ニヤニヤとしている。確信犯だ。照れさせるためにからかっているのだ。
ここは恥ずかしがっては負け。そう思っているが、咄嗟に耳を押さえる俺は、自分の顔が熱くなっているのがわかった。
花音の吐息の感触が耳から離れない。
「じゃあ、帰ろっか。話聞いてくれてありがとうね」
帰るために荷物を持ち上げ、花音はそう言った。
からかってくる花音に俺はいつもヤキモキさせられる。振り回されることだってある。
ただ、そんな関係も悪くないと思っている俺がいた。
ラブコメは始まらない。
……でも少しだけ、俺たちの仲は前進していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます