第28話 本宮花音は受け入れられたい

 黒川に告白された。人が人を好きになることはあることだ。

 ただ、花音の場合は簡単にいかない問題だった。

「みんなで話してた時だった。みんなで柳高校に行きたいってなって、離れたくないから一緒に行こうって。その流れで、『好きだから離れたくない』って」

 仲の良いグループの全員がいる中での告白。それは相当勇気のいる行動だ。

 しかしそれをするということは、成功する算段がなくてはできないことでもある。

「それで黒川くんは、『花音も俺のこと好きだろ? いつもアピールしてくるし』って言ったの。確かに他の男子よりも黒川くんと話すことは多かった。話しやすい性格だったから。……でも、私は友達として仲良くなりたかっただけで、アピールのつもりじゃなかった」

 花音がそのつもりがなくとも、勘違いしてしまうのも仕方のないかもしれない。

 仲良くなりたいと距離を縮めようとする花音。

 その仲良くなりたいという行動をアピールだと勘違いしてしまった黒川。

 どちらも責められないことだ。

「そんなつもりじゃなかったから、私は断ろうとしたの。でも周りも盛り上がっちゃって、言いづらい雰囲気になった。『二人は付き合ってもおかしくない』ってみんな思ってたみたい」

 仲が良く、親密な二人。男と男、女と女のように同性同士であればそのような勘違いもないだろう。

 男女が仲良ければ周りはもてはやす。中高生特有の……いや、小学生だろうが大人だろうが、仲の良い男女を見れば関係を疑ってもおかしくない。

 花音と黒川が異性だったというだけで、花音にとっては持ち合わせる感情は同性に対してのものと変わらなかったのだ。

 ただ、黒川は違った。それだけのことだ。

「私は一旦保留にした。少なくともその場で断ったら雰囲気が悪くなると思ったから。……一応、付き合う方向も考えてみたけど、黒川くんのことを恋愛対象には見れなかった。付き合ってみたら好きになる人もいるけど、私は好きになった人と付き合いたかったから。だから次の日には断ったよ」

 黒川はヤキモキしただろう。付き合う目前だと思っていた相手に告白し、保留されたのだから。

 そして落胆しただろう。付き合えると思っていた相手に振られたのだから。

 花音は表情を曇らせる。ここからが花音にとって辛いことなのだと直感した。

「その断った次の日、私はみんなからハブられた」

 これが今に繋がる話の始まりだった。

「気まずくなるのはわかってた。でも何故か黒川くんだけじゃなくて、みんなが私を避け始めた。その時は理由がわからなかったけど、数日経った時に噂で聞いたんだ。……私が『男で遊ぶ性悪女』だって」

 誰かが噂を流した。それ以外あり得ない。

 黒川が告白した事実を知っているのは花音たちのグループのメンバーだけで、断ったのを知っているのもその五人だ。

 そしてそんな噂を流すのは、可能性としては二人だった。

「その噂を流したのが、黒川のことを好きだった女子……ってことかな?」

 選択肢の一つ、有力な方を指して俺は尋ねると、花音は小さく頷いた。

 話を聞く限り、黒川は普通の男子だ。振られた逆恨みで変な噂を流せば、立ち場が悪くなるのは黒川の方だ。そうなると、黒川のことを好きな女子が噂を流したと考える方が自然だった。

「正確に言うと、誰が周りに話し始めたのはわからないんだけど、最初はその女の子……長尾さん。連絡を取っても無視されるから、放課後に捕まえて話したら言われたんだ。『私が黒川のことを好きなのを知っていて誘惑した罰』って」

 醜い嫉妬だ。花音は意図して黒川を誘惑したわけではない。

 ここまでの話を聞く限り、百歩譲っても花音が悪いところは勘違いされる行動をとったことくらいだ。それすらも花音が悪いわけではないが。

「かのんちゃんは何も言い返さなかったの?」

「その時は、ね。でも噂は酷くなるばっかりで、男子には変な目で見られるし、女子には敵視される。だから五人でいたところに『もうやめて』って言いに行ったの」

 思い出しながら絞り出すように言葉を吐く花音の手は震えていた。

 震える手にそっと手を重ねようとしたが、そんな勇気のない俺は手を空中で遊ばせるとカフェオレのキャップに手を下ろす。

「みんな、長尾さんの言うことを信じてたから、私が何を言っても信じてくれなかった。『私は止めたんだけど、花音は付き合うつもりはないのに黒川を落とそうとしてた』って」

「そんな見え見えの嘘を……」

「結局、中学生になってから仲良くなった私よりも、そんな嘘でも昔から知ってる長尾さんが信じられたってこと」

 付き合いの長さを縮めるために花音は努力していた。

 表面上は縮まったように見えたが、根底では縮まっていなかったということだ。

「私は怒ったよ。内容は覚えてないけど、とにかく思いつく限りの弁明もしたし、口汚く罵ったりもした。だから関係は悪化した。……それで、逃げるように桐ヶ崎高校に進学したんだ」

 花音は苦笑いをしながら、「秋くらいのことだから、受験間に合って良かったよ」と言う。その表情はあまりにも痛々しかった。

「公立にしなかった……と言うよりもできなかったのは多分親の見栄。公立に進学したいって言ったら私立にしろって言われたから。私にはよくわからないけど、お金のかかる私立に通わせてるって見栄を張りたかったんだと思う」

 花音と同様、俺にはその考えがわからなかった。

 決して俺の家も貧しいわけではないが、金銭的な面を考えるなら公立の方が良いとは言われていた。ただ近い公立は学力が合わなかったため、距離と学力の面を考えて私立を選択し、親も文句の一つも言わずに賛成してくれた。

 全てを肯定するのが良い親というわけではないだろうが、見栄のためだけに子の選択肢を狭めるというのは到底理解のできないことだ。

「青木くんには家の事情だけは話しておこうって思ったんだよね。前に家の話したし」

「ああ……、そういえば」

 家の前まで送ることを花音は極端に嫌がった。その時も気にしておらず、嫌がった理由も俺は気にしていない。人それぞれ理由があるのだろうと考えたからだ。

 それに、家の前まで……マンションまで送ったところで中の様子まではわからないため、そんな事情があるということに気がつかない。

 しかし花音は自分のことということもあり全てわかっているからこそ気にしていた。だから家の事情を話したのだ。

「中学校の頃の話をしようと思ったのは、さっきのことがあったからだけど、いつかは話したいと思ってたんだ」

 中学時代の話なんて花音から話さなければわからないことだ。

 何故内部進学しなかったのかは気になっていたが、それも『まあ、あるだろう』程度に捉えていた。

「なんでかのんちゃんはそれを俺に話そうと思ったの?」

 純粋な疑問だ。

 家のことはまだしも、中学時代の詳しい話はわざわざ話すことがなかったことだ。

 黒川たちと遭遇してしまい、俺も『話してほしい』とは言ったが、『嫌なら無理は言わない』とも言った。

 嫌な過去まで思い出し、何故話したのか。俺は花音に理由を聞きたかった。

 花音は答える。

「友達だから」

 そう答えたが、「それだけじゃないけど」と花音は続ける。

「元々私は青木くんと友達になりたいと思ってたんだ」

 突然の告白に俺は嬉しく思いながらも、不思議に思った。

 関わりのなかった俺に対して、友達になりたいと思えるほどの魅力が自分にあると思わなかったからだ。

 その理由は尋ねる前に花音が答える。

「自分で言うのもなんだけど、学校では人気がある方だと思ってる。でもそんな私を『人気がある本宮花音』じゃなくて、『本宮花音』として見てくれてる。……ってわかりづらいかな?」

「わかるよ」

 人気があるとは思っていた。ただ、学校一の人気者、学校一の美少女と思いながらも、それだけで好意を寄せることはなかった。

 正確には高嶺の花だと思っていたところもあるが、そんな理由で近づくことはしなかった。

 ただの美少女な一クラスメイトとしてしか見ていなかった。

「それだけが俺に話した理由?」

 俺の問いかけに花音は首を横に振る。

「多分、中学校の頃と変わらないんだよ、私。やっぱり友達が欲しかった。表面上の付き合いじゃなくて、本当の友達が」

「本当の友達?」

「うん。打算とか損得勘定とかそんなの抜きにして、普通に接せる友達。たまに話して、たまに遊んで、本音を話せる。……それだけでいい。本性を隠した本宮花音じゃなくて、ただの本宮花音として」

 花音は寂しがりだ。

 何故『友達』ということに花音がそこまでこだわるのか、それは親の愛情を満足に受けられなかったがために歪んだ承認欲求からくるものだ。

 好きになった人と付き合いたいと花音は言う。他人に恋愛感情を持ったことのない花音にとって、欲求を満たしてくれる相手が友達だけだったということだ。

 一見重すぎる感情にも思えるが、花音が求めるのは素の自分を受け入れてくれる……少なくとも許容してくれる人間という、天涯孤独でもなければ誰もが一人でもいるような相手を欲しているだけだった。

「……実際、普通に話せる友達はいるけどね。でもなにか違うの」

「それって、かのんちゃんの方から素を出せば受け入れてくれる可能性もあるんじゃない?」

「そうかもしれないね。でも、私だって『友達が欲しい』って言っても誰でもいいわけじゃないから」

 そもそもの話だ。

 花音だって人間で、当然人の好き嫌いはある。好きな相手でもみんながみんな同じくらいというわけにもいかず、表面上の付き合いくらいが心地の良い関係という人もいる。

 少なくとも俺は、花音にとって素を出して話したいと思えるほどの好意を持つ相手だったということだ。

「私は青木くんの、噂とか上辺だけで人を判断しないところが好き。だから友達になりたかった」

 花音は美少女だ。だからこそ、周りのみんなは花音に『理想の花音』を押し付けた。

 花音は言う。外見だけで判断しない俺が好きだと。

 それなら俺は以外の選択肢はなかった。

「俺もかのんちゃんのこと好きだよ」

 日の落ちた公園のベンチで二人きり。

 そしてお互いに『好き』だと言い合った。

 だが、それはあくまでも友達としてであって、そこに恋愛感情はなかった。


 ラブコメは始まらない。

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