第27話 本宮花音は語りたい

「私、……多分恵まれている方だと思うんだけど、親に愛されていないんだよね」

 花音はそうやってポツポツと語り始めた。

「小学生の頃から家に帰っても親はいない。たまに帰ってくるけど、必要最低限以外は会話もなくって、中学生になってからはマンションの一室をあてがわれて、そこで実質一人暮らし」

 想像していた以上に悲惨だ。

 家に帰ればご飯がある。親が忙しくてバイト先のめかないで済ますこともあるが、朝食と夕食、たまにの弁当があるのが俺にとってのだ。そして温かいお風呂と布団が用意されていて、洗濯もしてもらっている。お小遣いと携帯代だけは自分で払っているが、それは高校生でバイトをしていればおかしな話でもない。ただ、家に帰っても一人きり、実質一人暮らしなんてのは俺には理解できなかった。

 驚きのあまり、俺はついどうでもいいことを聞いていた。

「その……、生活費とかは?」

「家賃とか光熱費とか、携帯代は親が払ってる。あと学費も。食費も毎月五万円振り込んでもらってるし、病院とか必要なものは連絡すればその都度振り込んでくれる。バイト代は遊びに使うくらいだから、生活する上では何一つ不自由のない暮らしはできてるよ」

 花音の言う『恵まれている』というのは金銭的な話のようだ。加えて「まあ、家事とかは自分でしないとだけどね」と苦笑いしている。

 一人暮らしをしようと思ってしているわけではない。そうでなくとも、自立するために一人暮らしをさせられているわけでもない。

 金銭的に不自由がなくとも、親に見捨てられているからこそ、花音は実質的にのだ。

「正直に言うと、今更親の愛情を受けたいわけじゃないんだよね。一応、お金には困ってないから。もしかしたらこれが親にとっての最大限の愛情なのかもしれないから」

 口ぶりからするに、親に対して憎んでいるという様子はない。

 ただ、高校生の……今の生活を始めたのが中学生だった花音にとって、寂しい以外なにものでもなかったのだろう。

 花音は「最初はこのことが話したかっただけ」と言い、続けて口を開いた。

「さっきの人たちの話だけど、こんな私だから仲良くしてくれた友達に依存し始めたの。……愛情を求めてたってことだね」

 俺は話を聞きながら頷くことしかできない。

 そして中学時代の話を、花音は語り始めた。


 花音が私立の柳中学校に進学をしたのは、特に理由はなかった。

 そして柳中学校は中高一貫ではなく小中高の一貫校で、花音は外部入学生という立ち位置にあった。

 そのため、すでに学校内では人間関係が出来上がっており、花音はすぐに溶け込むことができずにいた。

 そんなひとりぼっちの花音に声をかけたのは、『花音のことが好きだった』と言っていた男……黒川だ。

 黒川たち五人のグループに花音は入り、六人グループとして仲良くなっていた。クラスが違う人もいれど、休み時間の多くは六人で話し、部活のない日の放課後や休日は予定が合えば遊ぶ。予定が合わない人がいれば人数が減ることもあるが、それでも仲間外れにすることはなく、仲の良いグループとなっていた。

 花音も普通の中学生。今とは違って、この頃は猫を被ることもしていなかった。

 ただ、どこか遠慮はあった。

 小学生の頃からの仲の五人とは違い、花音は中学生になってからの友人。距離を感じるのは仕方のないことだ。

 しかし花音は満足に親の愛情を受けていないこともあり、この友人達に依存していった。

『少しでも距離を縮めよう』

『もっと五人と仲良くなりたい』

 そう考えた花音は、深い友人関係になろうと努力をした。

 積極的に声をかけ、時には相手を立てるように話を聞く。時にはネットで調べた『友達と仲良くなる方法』を実践する。

 そうしているうちに次第に仲は深まっていき、付き合いの年数による疎外感はなくなった。花音にとって五人はかけがえのない心の拠り所となっていた。

 離したくない人たち。

 自分の存在を認めてくれる人たち。

 自分に声をかけてくれる人たち。

 両親が花音に与えてくれない愛情を、花音は友人たちから受け取っていた。

 それでもあくまでも友人。それは花音にとって変わらないことだ。

 ただ、中学生……それも三年生にもなると興味を持つことがある。

 恋愛だ。

 最近まで恋愛どころか友人に飢えていた花音にとって、恋愛はまだ早いものだった。そのため、誰かを好きになるということはない。

 人それぞれではあるが、五人のうちの一人……女子の中の一人は違った。

 黒川のことを好きになったのだ。

 男子には話せないということもあり、花音を含めた女子三人でその話題で盛り上がる。恋愛がわからなくとも、花音は『恋バナ』には興味はあった。

 そして大切な友人だからこそ、花音はその子の恋愛を応援していた。

 ただ、それも簡単な話ではなかった。


「中学三年生の夏、私立でも内部進学する人もいれば、公立に進む人も少なからずいたの。だから進学の話はもちろん出たよ。みんなどうするのかって」

 県立中学校だった俺は、様々な選択肢がある中から高校を選ぶ。

 私立中学校の花音たちは、そのほとんどが内部進学で、数名が公立に進学したと言う。

「私は外部入学だったこともあるから、内部進学は考えてたけど、一応他の高校も考えてたんだ。みんな内部進学だけど、私はそう考えているって話をした」

「……六人の中で一人だけいなくなるってことか」

「そういうこと。みんなといたいって思ったから内部進学寄りだったけど、あくまでも雑談だったから、そういう話をちょっとしただけ」

 ちょっとしただけ。

 花音の話したその『ちょっと』が、他のみんな……特に黒川にとっては重大なことだった。

「それで、離れたくないって言われた。それはすごく嬉しかった。だから私も『じゃあ柳高校にする』って言おうとしたの。そしたら……」

 花音は当時のことを思い出したように、苦虫を噛み潰した表情を浮かべて吐き出した。

「黒川くんに告白された」

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