第11話 青木颯太はまた遭遇する

 虎徹と遊んだ帰り道、俺は家に帰る前にコンビニに寄った。小腹が空いたため、家に着く前に何か食べようと考えてのことだ。

 家の位置としては俺と虎徹の家の間くらいにコンビニがあり、そこを集合場所として俺と虎徹は学校に向かっている。コンビニから学校と駅は徒歩十分から十五分くらいだ。

 まだ夕方の六時頃だが、十一月中旬となっている今はすでに暗くなっている。

 時間が早いとはいえ暗くなれば物騒になる。ただ、それも男の俺には関係ない。……そう思っていた。

「……ん?」

 コンビニに着くと店の横で誰かが男数人……恐らく高校生か大学生くらいだろうか、その数人で逃げ出せないように囲まれていた。

 状況は違うとはいえ、既視感を覚える状況だ。

「なあ、この後暇? 良ければ遊ぼうよ」

「いや、大丈夫なんで……」

「つれないこと言わずにさぁ?」

 声だけでわかる。もう聞きなれた声、顔を見ずともわかってしまう。花音だ。

 なんでこんなところで、という疑問はさておき、学校一の美少女となれば学外でも声をかけられるものなのだろう。

「まったく……」

 どうするか、なんてことを考えず、俺はその集団の中心に向かって行った。

「すいませーん」

 俺が集団に声をかけると、男たちは一斉に振り向いた。

 男たちは四人だ。俺一人ならまだしも、二人となれば走って逃げても追いつかれるだろう。スカートにヒールと、動きにくそうな格好をしている彼女は、走ること自体危険だ。

 そう思った俺は、その男たちの間をスルリと抜けると彼女の手を取り、何事もなかったようにコンビニの中に入って行った。

 突拍子のない行動に、男たちは呆気に取られている。

 店員も数名いるため、流石に店内までは追ってこないだろう。念のため警察にすぐに連絡を取れるように準備していたが、諦めたのか男たちはいなくなっていた。

「……ありがとう」

 控えめにそう言う彼女に視線を向ける。とにかく逃げることを考えていたため手は握ったままだ。

「あっ、ごめん」

 俺は慌てて手を離すと、彼女は遠慮がちに「ううん、ありがとう」と言って手を胸に当てていた。

「うーんと、とりあえず買い物だけしていい?」

「うん」

 元々はコンビニに用事があったのだ。別の方に意識を持っていかれたため忘れていたことを思い出したが、空腹はどこかに飛んでいたため飲み物だけをレジに通す。

「とりあえず出よっか」

 俺は彼女にそう声をかけると、一応外の様子を警戒しながらコンビニを出た。

 男たちはもういない。胸を撫で下ろしながら俺と彼女は並んで歩いていた。


「かのんちゃんは学校以外でも大変だな」

 俺の言葉に花音はため息を吐く。

「いつもは早い時間に帰るようにしてるんだけどね。ちょっと見たいものがあって遅くなっちゃった」

 そう言う彼女は普段使いしているのだろう小さめのバッグの他に、虎徹と一緒に行ったサブカル趣味向けの本屋の袋を持っていた。ぱっと見はわからないが、知っている人が見ればわかるデザインの袋だ。

「あぁ……」

 察した俺は声を漏らすと、察されたと気付いた花音は肘で攻撃してきた。

「友達付き合いもあるから頻繁には行けないし、行く時は大体まとめ買い。そりゃ遅くなっちゃうよ」

 人気者の花音は友達に誘われることが多いだろう。俺は基本的に虎徹と二人か、たまに若葉と三人で遊ぶこと以外は月に一回他の男子と遊ぶことがあれば多い方だ。ごく稀に双葉と遊ぶこともあるが、それも数ヶ月に一回だ。

「それよりさ」

 花音は今までの話の流れを切る。

「青木くんの家ってこの辺りじゃなかった?」

「そうだけど、送るよ」

 遊びに行った帰りは先ほどまでいたコンビニで分かれたこともあって、かのんちゃんは俺の家のおおよその場所を知っている。それでも帰らない俺に疑問を抱いたのだろう。

 ただ、絡まれた現場を見たにも関わらずにそのまま帰すのは気が引けた。それに夜道に女の子を一人で歩かせたくないというだけで、送っていくには十分な理由だろう。

 花音は「別に一人で帰れるよ?」と遠慮するが、そういうわけにはいかない。

「何かあったら俺も嫌だし、家の前が嫌なら近くまででいいから送らせてよ」

「でも、悪いし……」

 それでも花音は遠慮をしている。表情から見ても作っている感じはしないため、本当に悪いと思っているのだろう。

 悪いと思わせないためにも、俺はあくまで『自分がしたいから送る』というスタンスを崩さない。

「せっかくだし少し話したいから。友達じゃん?」

 その言葉に花音はピクリと反応する。

「……そこまで言うなら、お願いしようかな」

 ようやく花音の了承を得られた。その花音は「友達か……」と言いながら頬を緩ませていた。よほど友達という響きが嬉しいのだろうか。

「少し遠いけど、ごめんね」

 そう言って歩く花音の隣を俺は歩幅を合わせて歩く。家の場所を知らない俺を案内するように花音は半歩先を歩きながらいつもより少し早く、そして俺は少し遅く、お互いが苦にならないちょうどいいペースだ。

 いつもは積極的に話す彼女だが、この時は無言だ。ただ、そんな無言も俺は苦にならなかった。


 しばらく……だいたい十分くらい歩いた頃に、花音は切り出した。

「青木くんってさ、私のこと『かのんちゃん』って呼ぶけど、藤川くんは苗字で呼ぶよね? 何か理由とかあるの?」

 ただの雑談だ。

 確かに花音の言う通り、俺はさほど親しくない時から『かのんちゃん』と呼んでいた。しかし、それには大した理由などない。

「俺はみんながそう呼んでるからかな? 他の男子もそうだし」

 単純な理由だが、俺が『かのんちゃん』と呼ぶのは周りに影響されただけだ。最初は女子を名前で呼ぶというのは恥ずかしかったものの、周りがそう呼んでいるのに俺だけ違う呼び方をする方が恥ずかしい気持ちがあった。

「虎徹はよくわからないけど、あんまり下の名前で呼ぶやつじゃないからかのんちゃんも例外なくって感じじゃないかな? あと頑固なところあるから、それもあるかも」

「あー、なんか納得」

 虎徹が頑固というのは花音もわかっているようだ。

 その虎徹が名前で呼ぶのは俺と若葉くらい。中学時代の頃のことはわからないが、少なくとも高校では二人だけだ。俺を通して面識のある双葉でさえも『春風』と苗字で呼んでいる。

「それにしても、かのんちゃんの家って結構遠い? 前も遊ぶ時は駅前だったけど、なんか悪いな」

「学校は十分くらいだけど、駅は三十分から四十分くらいかな? でも私もそっちの方で遊ぶ方が楽しいし、気にしないで」

 そう言ってもらえるだけでも、俺の心は救われる。

 すでに学校を通過しているため、駅とは真逆の方ということは気付いていた。わざわざ遠いところで遊ぶことに悪いと思っていたが、花音は「駅前だと遊ぶところ多いし」と言ってくれた。

 そしてしばらく歩くと公園の前で花音は立ち止まった。

「ありがとう。もうそこだから、ここで大丈夫」

 俺は「じゃあ、また明日」と言い、来た道を引き返す。そこで花音に呼び止められた。

「あの、さ」

 その声に反応して、俺は立ち止まって振り向いた。

「その……、助けてくれたのも、送ってくれたのも、ありがとう。信頼していないとかじゃないんだけど、家の場所とか教えたくなくて。……ごめん」

 特に気にしていなかったことを言われ、一瞬意味を理解できなかった。

 家の場所を教えてもらう必要もないため、近くの公園までしか送らなかったことに疑問は抱かなかった。別になんともない、普通のやりとりに感じたからだ。

 花音が家の場所を教えたくなかったということに、そう言われて初めて気がつく。

 俺はそんなことをわざわざ言ったことに、なんらかの意味があるということを汲み取った。

「無理に言わなくてもいいよ。家のこともだけど、かのんちゃん自身のことも」

 たったそれだけの言葉しかかけられない。それは花音が何かに悩んでおり、その何かを話すことに戸惑いがあるからだった。

 考えても答えはわからない。

 俺は二人で歩いた道を辿り、帰路に着いた。

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