第10話 青木颯太は休日を過ごす

 日曜日。虎徹と駄弁る約束の日だ。

 駅前の商店街の近くにはショッピングモールがあり、その中のゲームセンターに行ったり本屋で買い物をしたりと、サブカル趣味のある虎徹に合わせた予定ではあるが俺自身も楽しんでいる。

 特に趣味と言う趣味はない俺は、バイトを始めた当初はただお金を貯めるだけとなっていた。そのため、今では虎徹の趣味に付き合うことが、ある意味俺の趣味となっていた。

 サブカルの文化を楽しむ程度に触れるライトオタクと言えるだろう。

 午前中はそこそこ動き回った後、昼食のために賑わうショッピングモールのフードコートに向かう。午後はサブカル趣味向けの本屋に行く予定だが、休憩がてら席が空いている間はフードコートでゆっくりすることとなった。

「ラーメン大盛りで」

「はいよ」

 俺は虎徹にお金を渡し、注文に行く虎徹の背中を座って見送っていた。

 そこそこ人が混雑している日曜日だ。駅近で目的がハッキリしていることも多いからなのか、人は入れ替わり立ち替わり変わる。しかしどちらかが場所取りをしておかないと、ラーメンを持ったまま席を探すハメになる。

「お待たせ」

「おう、ありがとう」

 呼び出しベルを片手に、すぐに戻ってきた虎徹はどっかりと席に座った。

 人気のファーストフード店であれば長蛇の列が並んでいるが、東海圏内にしかないラーメンのチェーン店はほとんど人が並んでいなかった。そう思っていると人が増え始めたため、決して人気のない店でもない。

「とりあえず、できるまで待つかー」

「そうだなー」

 ラーメンができるまでは混み具合にもよるが五分、十分ほどだ。話始めて盛り上がったところで呼び出されることを嫌い、虎徹は携帯を触り始めたため俺も特に理由もなくSNSを覗いていた。


 しばらく待つとベルが鳴る。今度は俺が受け取りに行き、席に戻ると二人とも無言で食べ始めた。

 食べやすく、食べ慣れた味に箸は進む。俺も虎徹も、十分と経たずにスープまで平らげた。

「片付けるかー……じゃんけんぽん!」

 虎徹の唐突な言葉に俺は慌ててチョキを出す。すると虎徹が出したのはパーだ。自分から仕掛けておいて負けた虎徹は、「マジかよ……」と言いながら二人分の空いた食器を片付けた。

 その後、しばらく戻ってこない虎徹に違和感を覚えていると、虎徹はファーストフード店の長蛇の列に並んでいた。そんな虎徹に、『ポテトLサイズ』とメッセージを送っておいた。……一声くらいかけろよ。

 食事時間よりも長い時間待った後、虎徹はポテトを持って席に戻ってきた。

「お待たせー」

「マジでなんなんだよ……。はいこれお金」

 文句を言いながらも俺はお金を渡す。

「流石に足りなかった」

「まあ、そうだけども」

 虎徹はお金を受け取りながらあっけらかんとしており、俺もそれには同意する。ラーメン大盛りとはいえ、替え玉もないため男子高校生の腹は満たされない。

「さて、落ち着いたところで聞きたいことがあるんだけどさ……」

「なんだよ」

 いらないやり取りが多すぎた気もしなくないが、改まって話を切り出す虎徹に嫌な予感がしながらも、ポテトをつまみながら返答する。

 そしてその嫌な予感というのは、的中したと言えば的中した。

「今更かもしれないけど、本宮となんかあった?」

 突然の言葉に俺は手を止めた。

「最初は若葉と仲良くなったからとかなのかと思ったから様子見てたけど、特にお前にやたら絡んでる気がするんだよな」

「な、なんのことだか……」

 花音が絡むのは若葉がいる時が多いが、実際は虎徹も若葉も知らないところで話すこともあった。流石にそこまでは知らないだろうが、何か察するところがあったのだろう。

 そもそも虎徹は勘がかなり鋭い。虎徹自身はもう忘れているのかもしれないが花音との『デート』の翌日にも何かあったか聞いてきている。それ以外の今までも、俺や若葉のちょっとした変化を察していることもあった。

「お前、表情に出やすいんだからバレバレだぞ」

「な、なんだと!?」

 俺は咄嗟に手で顔を覆い隠した。

 よく表情に出やすいと言われるが、俺はその自覚がない。隠し事ができない性格なのか、直そうと思っても直せるものではなかった。

「……まあ、無理に聞こうとは思わないけどさ。本宮ってなんか裏ありそうだから、お前大丈夫かなって」

 虎徹のその言葉に、俺は明らかに動揺してしまっただろう。ただ、顔を隠していた状態のため、今は表情を見られてはいない。

「なんでそう思ったんだ……?」

 動揺をできるだけ表に出さないように、指の隙間から片目だけ覗かせると虎徹の様子を伺う。

「だってさ……」

「だって?」

「学校の人気者で顔も性格も良いアイドルが実は裏では性格極悪なことを冴えない男子生徒にバレてしまってから秘密の関係が出来上がって恋に発展するって王道じゃね?」

「え、ん? なんて?」

 早口すぎて聞き取れなかった俺はもう一度聞き返す。

「学校の人気者で顔も性格も良いアイドルが実は裏では性格極悪なことを冴えない男子生徒にバレてしまってから秘密の関係が出来上がって恋に発展するって王道じゃね?」

 俺は頭が痛くなった。

 テンションが上がりすぎて早口になるのならわかるが、虎徹はほぼ無表情というか気怠そうないつもの表情でそう言っている。

 言葉を噛み砕いて意味は理解したが、こいつは現実と二次元の区別がつかないのかと思ってしまう。

「なぁ虎徹。現実げんじつって言葉知ってるか?」

現実にじげんだろ?」

「お、おう。うん?」

 意図に相違があるような気がする。いや、確実にある。これは勘が鋭いとかではなく、ただ頭の中がおかしいだけだ。

 めんどくさくなった俺は、仲良くなった理由を一度若葉に話していることもあり、隠すことでもないと思い正直に話した。

「放課後に話すことがあったんだけど、そこで仲良くなって一回遊んだだけだ。お前の予想は全くもってハズレだ」

「なんだ、つまんねぇ」

 理由もわかってスッキリしたのか、それ以上虎徹が聞いてくることはなかった。これが他の人……何も知らない双葉ならどこに遊びに行ったのだとか聞いてきそうなものだが、虎徹はまるでそういうことに興味がない。

 虎徹の予想は全く合っていない。

 一部、『学校の人気者で顔も性格も良いアイドル』と『冴えない男子生徒にバレてしまってから秘密の関係が出来上がって』という登場人物の部分は間違いないだろうが、他の話の中核になるであろう部分は間違っている。


 それもそのはず、花音は裏の性格も良いのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る