第12話 城ヶ崎美咲は遠慮する
「先輩! お昼ご飯食べましょう!」
昼休み。昼食を買いに購買へと向かうため階段を降りようとしていた俺の前に、春風双葉が立っていた。まだチャイムが鳴った直後にも関わらずに、だ。
「なんでいんの……?」
勢いよく階段を駆け上がってきた双葉に、俺は困惑しながらそう言った。
一階にある一年生の教室から三階にある二年生の教室までは遠い。現役バリバリの女子バスケ部員の双葉であれば苦にならない距離かもしれないが、まだ授業が終わって二分も経っていない。
「何言ってるんですか? 先輩が連絡くれたから、可愛い後輩であるこのわ・た・し自ら会いにきたんじゃないですか!」
「えぇ……」
確かに連絡はした。しかし、それも授業が終わってすぐのことだった。
今日は火曜日。昨日の放課後にバイトがあった俺は、『週末は入れないかもしれない』と曖昧に伝えたのだが、以前忙しい時期に入ったこともあって「いいぞー。入りたくなったら入りなー」と快諾してもらった。
そしてまた今度出かけるという約束をしていた双葉に連絡をしたのがついさっき。四時間目に入る前に用意しておいた文章は授業開始のチャイムのせいで送信できなかったため、昼休みに入った瞬間……チャイムが鳴った瞬間に送信した。……昨日に連絡しなかったのは単に四時間目に入る前の休み時間まで忘れていただけだ。
「藤川先輩! 颯太先輩をお借りしますね!」
「お好きにどうぞ」
そう言った虎徹はさっさと階段を降りて、購買へと向かった……もとい見捨てた。
一人になった俺は、せっかく来てくれた後輩を無碍にすることもできない。放っておいてもどうせ着いてくるだろう。
「先輩、購買行くところですよね? 私もお弁当取りに行くので、待っててください!」
「はいはい」
俺は適当に返事をする。
今更気づいたが双葉は弁当を持っておらず、シューズケースと体操服が入っているであろう袋を持っているため、体育館で体育の授業の後に急いで二年生の教室がある三階まで来たのだろう。
二人で階段を降りたが、その後はお互いに昼食の準備のために別れた。
購買でパンを買った後、俺は購買の前で双葉を待った。
食べ盛りのため三つ購入したが、出遅れたため目当てのパンは一つしか買えなかった。ただ、一番食べたかった一つを買えたため、それなりに満足している。
なかなか来ない双葉を待ちつつ携帯をいじっていると、不意に声をかけられた。
「颯太くん、何しているの?」
声に反応して顔を上げると、一つ上の先輩……つまり三年生の城ヶ崎美咲先輩がパンの入った袋を片手にキョトンとしていた。
「美咲先輩、こんにちは。ちょっと双葉と約束をしていて……」
「あぁ、なるほど」
一言だけで美咲先輩は納得する。
美咲先輩は中学時代の先輩だ。しかし、男女は違えど同じバスケ部だった双葉とは違い、美咲先輩はバレー部だった。同じ体育館での部活ということが知り合うきっかけとなり、今でも気軽に会話をする仲だ。
「あの子も相変わらず、颯太くんを振り回しているみたいだね」
「いえいえ……。最近は双葉も忙しいみたいで、これも久しぶりですよ」
双葉が昼食に誘ってくることは今に始まったことではない。決まって忙しい大会前や悩み事がある時は誘ってこないが、中学生の頃や高校の夏休みに入る前も度々誘われていた。
「君は面倒見がいいからね。双葉さんが懐くのも納得するよ」
「そうですかね?」
ふふっと笑う美咲先輩の表情に、俺は少しドキッとする。たった一学年しか変わらないのに、美咲先輩は大人っぽい。その表情に、俺は度々ドキドキさせられていた。
「それにしても、食べ盛りの男子高校生がパンだけというのは栄養に悪いんじゃないかな?」
「うちの夜ご飯はだいたい白米が出てきますし、バイト先で賄いを食べる時も和食が多いので昼くらいはパンが食べたいんですよ。それに、それを言うなら美咲先輩もパンじゃないですか」
「普段は弁当なんだけどね。今日は弁当を作る時間がなかったんだよ」
いつもは弁当らしい美咲先輩。言われてみれば購買で会うことはたまにあっても頻度は高くない。
「いつもは自分で作ってるんですか?」
「そうだね。高校生になってからは、家事を一通り身につけたいと思って自分で作っているんだ」
そう言う美咲先輩は、「前の日の残りや冷凍食品も使うけどね」と苦笑いする。
大人な雰囲気で家事もできる。今にでも嫁に行っても完璧にこなせそうな美咲先輩は、本当に一つしか学年が違わないのかと疑うほどだった。
そして二人で会話をしていると、ようやく双葉がやって来た。
「せんぱーい! すいません、遅くなりました!」
双葉は走ったのか息を切らしている。
「廊下は走ってはいけないよ?」
優しく諭すように注意をする美咲先輩。先輩後輩というよりも、どちらかと言えば教師と生徒のような構図に見える。
「あれ、さきさき先輩じゃないですか! どうしたんですか?」
急いでいて気がつかなかったのか、双葉は息を切らしながら勢いよく顔を上げる。
美咲先輩は手に持った袋を軽く上げながら、「ちょっと颯太くんを見つけてね」と言った。
「とりあえず、移動しようか? 美咲先輩も良かったらどうですか?」
たまたまとはいえせっかく会ったのだ。双葉も中学時代かは美咲先輩のことを『さきさき先輩』と呼ぶほど仲が良い。三人でご飯を食べるというのも悪くないと思っての提案だ。
しかし、美咲先輩は俺と双葉を交互に見てから口を開いた。
「すまない。生徒会の仕事もあるから、私はここで失礼するよ」
そう言うと美咲先輩は去っていき、この場にはむくれた双葉と二人きりで残されていた。
双葉は「先輩って、女心わかってないですよね?」と嫌味を言われる始末だ。
「えぇ……」
仲が良いからこそ良かれと思っての提案だったが、双葉は不服な様子だ。
美咲先輩は中学生の頃はバレー部だったが、今では生徒会長をしている優等生だ。そのため、バレー部に所属している若葉とは面識はあっても直接の先輩後輩ではない。
俺は忙しそうに生徒会室に向かう美咲先輩の背中を見送った後、むくれる双葉を宥めると二人で反対方向へと歩き出した。
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