第7話 青木颯太は赤点回避したい
花音との放課後デートから二週間ほどが経過した。変わったことを挙げるなら、若葉がいる時には花音がたまに話しかけて来るようになった。
状況がうまく飲み込めない虎徹は、最初は訝しんだものの若葉と仲良くしている様子を見て何も言わなかった。
そして十月中旬の水曜日。何の変哲もない日だが、勉強が好きでない俺もここ最近は机に向かっている。今も机を四つ向かい合わせに付け、目の前には花音、左隣には虎徹がいた。
「……テストなんか滅びてしまえ」
愚痴ったところで現実は変わらないが、俺は呟かずにはいられない。
来週の水、木、金曜日は二学期の中間テスト。流石に赤点は回避したいため、俺は文句を言いながらも手を動かしていた。
しかし、かれこれ四十分近くは続けていることもあり、花音が「ちょっと休憩しよっか」とペンを置いた。
「青木くんって勉強得意じゃないの?」
「大体、毎回何かしらは赤点取ってるぞ」
花音の疑問に答えたのは虎徹。それは紛れもない事実で少なくとも一つは取っており、多ければ最高で三つ取ったことがある。
ただ、一点だけ俺は反論した。
「毎回じゃないぞ! 一回は回避してる!」
「お前それ一年の一学期じゃん。しかもギリギリ」
胸を張って言う俺の言葉に、虎徹の一言は突き刺さった。範囲も狭く一番簡単な入学してすぐの中間テストでも俺はギリギリだった。
それでも進級できたのは、(忘れていない限りは)課題を毎回しっかりと提出して授業態度も悪くないからだ。
課題をやって授業もある程度真面目に聞き、テスト前には勉強する。それがあるからこそ全教科が壊滅的と言うほどではないが、逆にそれだけしていても赤点回避できるかどうかなのだ。
「若葉が羨ましい……」
花音がいる時は決まって若葉がいる時だが、今日に限ってはいない。
それは部活があるからだ。
テスト期間中は早めに終わり後から合流する予定だが、テスト終了後の次の週には全国大会に向けた県予選が行われる。
月曜日と火曜日は花音がいなかったため、この三人で勉強するのはこれが初めてだ。
「羨ましがるのは良いけど、勉強する時間さらになくなって赤点祭りだぞ」
痛恨の一撃。
スポーツコースなら多少は大目に見てもらえるが、普通コースはその限りではない。
部活が優先されるスポーツコースではない普通コースや特進コースの生徒は、ある程度の成績を残さなくてはいけなかった。
俺が事実を突きつけられて打ちひしがれていた。
そんな俺に苦笑いをしながら、花音はしみじみと言う。
「若葉ちゃんも大変だよね」
部活と勉強の両立。俺も中学時代は運動部に入っていたためその大変さはよくわかる。
その頃は今よりも成績も悪くなかった。――とは言っても中の上くらいだが。部活をしていないにも関わらず成績が悪い今は、ただ高校の勉強に着いていけていないだけだ。
「若葉って、部活もしながら成績良いからなぁ」
「そうなの?」
「普通コースの中なら上の方だったはず」
掲示板に張り出されたりはしないが、テストが終わってしばらくすると順位が書かれた紙を配られる。テストによってもちろん順位は変わるが、俺が聞いた時は約160人いる普通コースの中で20位くらいだった。
「ちなみにあいつ、中学の頃は校内でも上の方だったぞ。段階評価で十段階中の十」
唯一、若葉の中学時代を知る虎徹は俺の言葉に付け加えた。
花音はそれに驚いており、初耳だった俺も驚いていた。
「ちなみにかのんちゃんはどれくらい?」
「うーん、中学生の頃は良かった方だけど、高校生になってからは50から60くらいで良い時は40くらいかなぁ?」
普通コースの中で考えると少なくとも平均は超えている。
「青木くんは……あっ、聞かないでおこっかな。藤川くんはどうなの?」
赤点の話をしている時点で察しているようで、花音は俺のことをスルーして虎徹に尋ねた。
「同じくらい」
「そうなんだ」
花音は意外そうな表情を浮かべる。当然の反応だ。
「虎徹って見た目不良のくせにそこそこ頭良いんだよね。同類だと思ってたのに……」
仲良くなった当初は勉強ができない仲間だと思っていた。しかし箱を開けばそんなことはなく勝手に裏切られた気持ちになっていたことを覚えている。
虎徹は「うるせぇ」と言いながら消しゴムのカスを指先で弾き、俺のこめかみにヒットした。
「そういえばかのんちゃんって中学生の頃は部活何してたの?」
俺はこめかみをさすりながら話題を変えた。これ以上勉強の話になれば不利になることは目に見えていたからだ。
「美術部だよ。絵を描くの好きだから」
その言葉に、カラオケの時の選曲を思い出す。自給自足というやつだろうか。
そんな考えを見透かされていたのか、花音は冷たい目で『違うよ』と口パクをしてきた。
「青木くんと藤川くんは?」
「俺はバスケ部。虎徹は帰宅部」
俺の中学校は強制的に部活に入らさせられていたが、虎徹と若葉の中学校はそうではなかったようだ。
そして今は三人とも部活に入っていなかった。
だからこそ、こうして勉強の時間が取れるのだが、先ほどから手があまり進んでいない。
「……やばい」
すでに時計の針は五時前を指していた。放課後となって一時間近く経過しており、二十分近くも休憩していたことになる。
そして若葉が戻ってくるまであと一時間と少し。テスト範囲内の問題集を決めたところまで進めておくように言われていた。
与えられた時間の半分を使っているはずだが、話に夢中になりすぎてまだ半分も終わっていない。
赤点回避のために若葉に勉強を教えてもらっていることもあり、多少ならまだしも半分も進んでいないとなれば確実に怒られるだろう。そして普段は明るく優しい若葉を怒らせるという罪悪感もすごい。
俺は慌ててペンを取り、若葉が戻ってくるまでの一時間強、ただひたすら勉強を続けていた。
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