第6話 かのんちゃんは仲良くなりたい!
月曜日。土日の忙しいバイトが終わり、休む間もなく学校だ。ただ、その分時給が良いこととシフトの融通を効かせてもらっていることを考えればなんてことはない。
俺が珍しく一人で登校していると、後ろから声をかけられた。
「颯太、おはよー」
声に反応して振り向くとそこには若葉がいた。
「おう、おはよう。今日朝練は?」
「土日試合だったから朝練も放課後も休みだよー」
「あー、そういえばそうか」
以前に試合が日曜日にあった日は月曜日の練習は休みと聞いていたが、俺はそれを失念していた。
若葉は辺りをキョロキョロと見渡しながら問いかけてきた。
「あれ、虎徹は?」
「寝坊らしい」
特に用事がなければ登下校は共にしている虎徹だが、朝方に連絡が来たため俺は一人で登校している。
大方、夜更かししてゲームをしていたからアニメでも見ていたのだろう。
「たまにあるよねー」
苦笑いしながらそう言う若葉は納得しているようだ。高校生になってからも度々あるが、若葉が納得しているということは俺の知らない小中学生の時もあったのかもしれない。
若葉は「颯太は土日バイトお疲れ様だね」と言うと、バイトの話から練習試合の話などをして二人で学校に向かった。
大体は虎徹と行動に共にする俺だが、虎徹がいない時もたまに若葉と二人きりになることはあった。
今ではこうして二人で歩くことは慣れたが、最初は虎徹がいなければ俺はどうも緊張してしまっていた。と言うのも今まで女友達がほとんどおらず、どう接して良いのかわからなかったからだ。
そして身長は俺よりもやや低めくらいだが、若葉は身長以外も色々とデカい。そして明るい性格の上に距離感の近いため、最初はどうしてもドギマギしてしまっていた。
しかし、今ではこうして仲の良い友達として接していられるのは、若葉の裏表のない明るく優しい性格のおかげだ。
学校に着くとそれぞれ教室に向かい荷物を下ろす。若葉はすぐに四組の教室にやってくると、俺の前の席の虎徹の席を陣取った。
そこで虎徹が来るのを待っていると、先に来たのは花音だ。
「青木くん、おはよう」
「あ、おはよう」
若葉と話している時に不意に声をかけられたため、少しばかり驚いたが普通に返すことができた。以前のカラオケ以来は挨拶以外の会話をしていないが、バイトの方に意識を持っていかれたことによって気持ちも落ち着いていた。
「井上さんもおはよう」
「かのんちゃん、おはよう!」
朝から明るい若葉の挨拶のせいか、花音の口元が若干引き攣ったのを俺は見逃さない。
笑顔の花音だが、本性を知ってから見ると作り笑いな気がしてならない。
そして花音はそのまま自分の席に着席するのかと思ったが、そうせずに話を始めた。
「一年生の頃から思ってたんだけど、井上さんって青木くんと仲良いよね〜」
「あー、うん。虎徹と幼馴染だから、気がついたら仲良くなったって感じかな? ねえ?」
「そうだなぁ」
特に仲良くなった理由などはない。関わるうちに仲良くなっていたため、それは若葉の言う通りだ。
「かのんちゃんって一年生の頃はクラス離れてたし、今は体育くらいしか一緒にならないからあんまり話したことないよね。前から仲良くなりたいと思ってたんだ!」
満面の笑みを浮かべる若葉に、花音は押され気味だ。
たまには毒くらい吐くが、基本的に若葉は明るい性格で眩しいくらいだ。そんな裏表のない性格は、裏表のある花音にとっても眩しいのだろうか。
「そうなんだ〜。私も井上さんと仲良くしたいと思ってたからよろしくね」
「若葉でいいよ〜」
「じゃあ若葉ちゃんって呼ばせてもらうね」
二人は和気あいあいとしている(ように見える)会話をしているが、花音の口元は依然として引き攣ったままだ。
花音の作るキャラ……かのんちゃんモードと呼ぶべきだろうか、そのかのんちゃんモードの性格は若葉と似通っている部分がある。偽物が本物に押されていた。
花音は「そういえば」と前置きすると、話題を唐突に変える。
「先週の木曜日に青木くんが女の子と駅前歩いてたって噂聞いたんだけどさー」
白々しく花音はそう切り出した。
(それ、かのんちゃんじゃん!)
先週の木曜日に駅前を一緒に歩いていたのは、間違いなく花音だ。一体何のつもりなのか。
その話に若葉は「え? 颯太彼女いたの?」と反応し、俺は勢いよく首を横に振った。
若葉が俺の方を向いていることをいいことに、花音はいたずらっ子のような表情で、舌をぺろっと出している。
俺は『それ、かのんちゃんじゃん』と言ってやりたかったが、周りに人がいる状況で誰かに聞かれでもしたら確実にめんどくさいことになる。イケメン男子ですら軒並み振られているため、たった一度遊びに行ったというだけでも周りに知られれば嫉妬と羨望の眼差しを向けられることは火を見ることよりも明らかだ。
俺が慌てふためいていると、花音は小声で俺と若葉だけに聞こえるように囁いた。
「まあ、私なんだけどね」
口元を手で隠すように言った花音に、俺も若葉も「「えっ!?」」と驚いた反応をした。全く違う意味での驚きの声だ。
まさか自分から言うとは思っていなかったし、若葉もまさか相手が花音だと思っていなかったのだろう。
「かのんちゃんと颯太って仲良かったんだ……」
意外そうな顔を向ける若葉。そして俺は頭を抱えていた。
花音の意図が全くわからない。
「実は前にちょっと仲良くなったんだよねー」
うふふと笑う花音に、若葉はポカンと口を開けている。
それもそのはず、若葉は俺が女子に免疫がないことを知っている。そんな俺が学校一の美少女とデートをしていたと聞けば、驚くのも当然だろう。
恐らく現状を周りから見ると、両手に花というだけでも羨ましがられる状況だ。
花音は言わずもがな学校一の美少女で、若葉もルックスも良い方でスタイルも良く性格もフレンドリーで男女問わず人気がある。
普通に考えればこれ以上ないくらい嬉しい状況のはずだが、俺はただただ頭が痛かった。恐らく花音目当てに来たであろう、最近良く来る他クラスの男子生徒の視線も痛い。
どうにかこの状況を脱したい。そう思っていた俺に救世主が現れようとしていた。
「よー」
寝坊をしながらもなんだかんだで早く準備ができたのか、教室の後ろの扉から虎徹が気の抜けるような声を出しながら入ってきた。
しかしだ。
「うわ、カオス」
俺たちを見るなり一言そう呟くと、来た道を引き返していった。
虎徹はついに、ホームルームが始まる前のチャイムが鳴るまで教室に戻ってくることはなかった。
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