第5話 井上若葉は誘いたい

「青木くん、おはよう」

 花音との放課後デート(?)の翌日の金曜日、下駄箱で靴を履き替える俺にニコニコと笑う花音がそう声をかけてきた。

 かろうじて「お、おはよう」と返事をするものの呆気に取られている俺の横を通り、花音は靴を履き替えて先に教室に向かっていった。

「……なあ颯太。お前本宮となんかあったん?」

 何か勘付いたのか、虎徹は俺にそう問いかけてきた。

「べ、別に何もないけど?」

「……お前、動揺するとすぐに顔っていうか話し方に出るからわかりやすいんだけど」

「急に声かけられて驚いただけだから!」

 俺はそう声を荒げて誤魔化す。

 虎徹は納得してない様子だが、「まあ何でも良いけど」と言うと靴を履き替えた。


 俺の通う桐ヶ崎高校は三重県にある普通の私立校だ。

 各学年約320人在籍しており、八クラスある。入学時点で五、六組はスポーツ推薦で入学した体育コース、七、八組は入試時の成績上位者が在籍している特進コースだが、一から四組までは普通コース。

 二年生となれば文理選択もあるため一、二組が文系、三、四組が理系と振り分けられており、その中で俺、虎徹、花音は普通コースの理系クラスである四組にだった。

 その四組に入ると、一角には人集りができていた。

 花音を中心に男女数人が集まっているが、流石に二年生の秋ともなるとそう多くはない。一年生も花音と同じクラスだったが、可愛い一年生がいるという噂が広まってすぐなんかは他クラスはもちろん他学年の生徒まで教室を覗きに来たもので、同じクラスだった虎徹と苦笑いしていた。

 今は大体ワンチャンを狙っている同じクラスや他クラスの男子数名と、同じクラスの女子が数名。人気者なだけあってクラスの女子とは誰とでも話している。ただ、男子の方は数日話しかけていると思ったら変わっていることもあるため、恐らく告白して玉砕したのだろうという予想ができた。

 その二つ右隣が俺の席で、その前が虎徹の席だ。

 いつもの光景に目を向けることはなく、俺は席に着くと虎徹と談笑していた。

 そんな時だ。

「虎徹、颯太、おはよう!」

 元気に挨拶をしながら教室に入ってきたのは、三組の井上若葉だ。俺と虎徹はそれに返すと、若葉は満足そうにニコニコと笑っている。

「土日に練習試合あるから、良かったら応援来てよ」

「めんどい」

 若葉の誘いを虎徹は即答で拒否する。

 その返答に若葉は頬を膨らませながら、今度は俺に視線を向けた。

「……颯太は?」

「土日はバイト入ってるからなぁ」

 俺は親の知人が経営する定食屋でバイトをしている。シフトの融通も効くためお小遣い稼ぎ程度でたまに入っている程度だが、今週に限っては人手が足りないため土日ともに入るようにお願いされていた。

 若葉は残念そうな表情を浮かべつつも、虎徹に鋭い目を向けた。

「バイトなら仕方ないか……。でも虎徹は酷くない?」

「それは否定できない」

 虎徹の場合、理由が『めんどい』からだ。虎徹もバイトはしているが、それを言わないということなただ面倒くさいだけなのだろう。

 しかし、こんなことを言えるのも、二人の仲が良い証拠でもあった。

 若葉は虎徹と幼稚園来の幼馴染。俺と虎徹との付き合いは高校からではあるがほとんど行動を共にしているため、その幼馴染の若葉と仲良くなるのも自然だ。

 若葉はバレー部に所属しており、すでに引退している三年生がいた頃からレギュラーとして活躍している。そのため度々誘われており、都合が合えば見に行くことはあった。

「せっかく活躍するところ見せようと思ってたのになぁ……」

 残念そうに若葉は呟きながら、わざとらしく虎徹をチラチラと見ていた。大袈裟に言っているだけで、このやりとりは今回に限ったことではなかった。

「颯太がバイトなのは知ってたからな。流石に一人で行く気はない」

「あー……」

 虎徹の言葉に、俺は納得の声を上げる。それに付け足すように「あと普通にめんどい」と言っているが、それはスルーした。

 確かに俺も一人で応援に行くのは気が引ける。何度か行った時にも女子の応援に男子一人というのは見なかった。

 言ってしまえば照れくさいのだ。その気持ちがわかる俺は、これ以上虎徹に突っ込むことはなかった。

 それでも若葉は理解できないようだ。

「えー、一人でも良いじゃん」

 二人は「嫌だ」「来てよ」と言い合っているうちにチャイムが鳴り、そのやりとりは強制終了させられる。三組の若葉は虎徹を押し切れないままクラスに戻っていく。

 朝のホームルームが始まれば、それぞれ自分のクラスに戻り席に着く。当然花音の周りの人集りも散っていた。

 それを横目に見ると、俺は花音とばっちり目が合う。目が合った瞬間に花音は視線を逸らし、窓側の方を向いたため表情はわからない。

 目が合ったその一瞬、頬を膨らませて不服そうな顔をしていたのは、きっと気のせいだろう。

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