第4話 青木颯太は勘違いしない

「財布の中、全然入ってないんだけど……」


 放課後に遅くまで残ったこともあって、デートと言いながらも適当に店を回ってぶらつくくらいの想像しかしてなかった。


 限られた時間の中、映画のように拘束される場所はないと思っており、それ故にカラオケという選択肢もなかった。

 だからこそ意外とも言える場所だ。


 そんな俺の言葉を無視して、花音は店内へと突き進む。


「すいません。学生二人、二時間でお願いします」


 店内で騒いではいけないという良識から、俺は抵抗すら許されずに個室まで着いていった。

 個室に入ればカラオケなので当然防音対策はされている。よほど騒がなければ外には聞こえないため、控え目ながらも俺は花音に訴えた。


「聞いてました? お金ないんだけど!」


 財布を回収してから残金を確認したところ、入っていたのは532円。この店は学生は三十分160円と良心的ではあるが、二時間となれば108円足りない。昨日マンガを買っており、少なくなった分を補充し忘れたのが原因だが、そもそも昼のパン以外にお金を使う予定もなかったのだ。


「いいよ。お礼だし、今日は私が払うから」


 花音は選曲のための機械をいじりながらそう言うが、俺は釈然としない。


「明日返すよ」


「いいっていいって」


 押しの強い花音には何を言っても通じない。まだ素の花音を知ったばかりの短い期間ではあるが、彼女が頑固だということはお礼についての押し問答で実感している。


 そもそもお礼自体も必要ないのだが、それで花音が納得するならと受け入れた。そしてお礼というのが『デートすること』のはずだ。

 奢られることは納得のいかない俺は、どうやって花音を納得させるか考えた。


 俺が頭を悩ませていると、代替案を提示してくれたのは花音だった。


「そんなに気にするならまた今度遊ぶ時に奢ってよ」


 そう言って花音は曲を入れる。俺が「まあ、それなら……」と言うと、イントロが始まり歌い始めた。

 意外にも深夜帯にしているアニメの主題歌だ。そこそこ有名ではあるが一般的な認知度はあまり高くないオタク向け……しかも男性向けのアニメの曲でもあった。趣味を出すということは、遠慮はしないということなのだろう。

 俺はそこまで詳しいわけではなく、マンガやアニメは娯楽程度に見るくらいだ。オタクというならライトな部類だろう。花音が歌っている曲のアニメも、虎徹に勧められて見ていたため知っていただけだ。


 花音の歌声は、元々可愛らしい声をしていることも相まって綺麗だ。カラオケに行き慣れているということもあるのかもしれない。

 そんな歌声に聞き惚れていると、先ほどの花音の言葉の意味に今更ながら気がついた。


 ――また今度遊ぶ時って、またデートする機会があるのか!?


 花音は一曲を歌い終えると、俺が歌うように促してくるため、その意図を聞くことはできなかった。




「あー、楽しかった!」


 満足そうに伸びをして店外に出る花音の後に俺は続く。


 結局二時間ぶっ通しで歌い、話す暇もなかった。


 ただわかったことは、花音はどうやらアニメが好きだということだ。

 歌った曲のほとんどはアニソンばかりだった。俺も好きなアニメの主題歌を歌いながらも、半分くらいは流行りのJーPOPジェーポップを歌った。


 タイミングとしてはちょうど良い。そう思った俺はやっと切り出すことができた。


「さっき言ってた『また今度遊ぶ』って話だけど――」


 そこまで言いかけた言葉は、またしても花音に遮られる。しかしそれは誤魔化す遮り方ではなかった。


「今度、いつにする?」


 そう屈託のない笑顔で言う彼女に、俺は誤魔化しや悪ふざけで言っているのではないと理解した。

 今日の放課後に裏の顔を見てからというものの、たびたびからかわれていることはわかっている。

 ただ、『また今度遊ぶ』という言葉は社交辞令でもなんでもない、本気の言葉だった。


「……今日って、本性を黙ってるお礼って言ってなかったっけ?」


 ただのお礼。

 だからこそ次なんてないと思っていたからこそ出た言葉だったが、その言葉に花音はハッと気がついた表情を浮かべた。


「普通に楽しんでたから忘れてた……」


「お、おう……。それはなにより」


 カラオケ店に着くまで雑談をして、着いてからはカラオケをする。普通の遊びでもあるが、花音はその普通の遊びを純粋に楽しんでくれていた。


「バレちゃったから無理にキャラ作らなくて良いし、私の趣味……アニメ好きだけどそれも否定しないし、今日一日遊んで思ったけど、青木くんといると楽なんだよねー」


 軽く笑いながら言う花音の言葉に、俺は嬉しさを感じていた。

 それは学校一の美少女と仲良くできているからではなく、『一緒にいると楽』だと一種の信頼をしてくれていることがだ。


 花音は「それに――」と言うと言葉を続けた。


「青木くんなら勘違いしないでしょ?」


 最初に言った俺の言葉は本当だ。


 花音は魅力的な女の子だが、逆に魅力的すぎて手の届かない存在だと思い、話しかけられても『実は自分のことが好きなのかもしれない』と思うこともなかった。それは今も変わらない。毒を吐いたとしても、恋愛感情よりも憧れの面の方が強い。


 勘違いはしない。


 そしてそれと同時に、花音の言葉は『好きになってはいけない』という牽制の意味も込められているように感じた。


「それは、まあ」


 好きになったとしても付き合うことはない。それがわかっていれば不毛な恋愛はしない。

 手に届かなくても手に入れたいと思う人はいるだろう。ただ、俺がそれを不毛だと思うのは、まだ恋愛を経験したことがないからなのかもしれなかった。




 俺のラブコメが始まる様子は全くない。

 それでも、コメディくらいは始まる予感がしていた。

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