第8話 かのんちゃんは嫉妬する
「改めて……テストお疲れ様! 乾杯ー!」
「かんぱーい」
花音は言葉に合わせて飲み物を上げ、俺もそれに合わせた。もっともグラスではなく紙コップのため、擦る音だけしか聞こえなかったが。
テストが無事(?)に終わった。
最寄駅を通過した先にあるファーストフードのチェーン店。そこで俺と花音は二人でお疲れ様会と称して昼食を摂っていた。
最寄駅にも同じチェーン店はあるが同じようなことを考える人たちで混雑しており、花音が気楽に話せるようにと同じ学校の生徒が少なく、比較的空いている少し歩いたところを選んだ。
「若葉は部活だからしょうがないけど、虎徹もバイトで来れないなんてな」
カラオケ以来の二人きり。――正確には初めて四人で勉強をした先週の水曜日以降は毎日放課後に残って勉強していたため、二人になる時間がなかったわけではない。それでもゆっくり話すのは久しぶりで、これで二度目だ。
「テスト前になると流石に入れないからね。勉強しないとだし。私も明日明後日はバイトだー」
「俺もバイト」
テスト範囲の発表は二週間前の月曜日で、部活が短縮となるテスト期間は一週間前だ。いつも赤点ギリギリの俺はもちろん、虎徹も花音もバイトは入れていなかったようだ。それを取り戻すかのようにテスト終了後にいつもより多めに入っている。
「そういえばかのんちゃんってなんのバイトしてるんだ?」
テスト期間の勉強会の休憩中にバイトをしているという話は聞いていたが、どこでバイトをしているのかまでは聞いていなかった。
「喫茶店だよ。青木くんは?」
「俺は親の知り合いがやってる定食屋。喫茶店ってかのんちゃんのイメージ通りって感じだな」
普段の花音のイメージ通り。それはあくまでも学校の中でのイメージの話だが。
「え、すごいね。たまたまバイトしたら知り合いだったとか?」
「いや、昔から俺自身も顔見知りだったんだよ。年に何回か家に来たりしてて、親戚みたいな感じかな? それで去年の夏休みに会った時に『高校生になったからバイトしない?』って誘われてそれから」
その親の知り合いの実家がその店で跡を継いだという形だ。
高校では部活に入らなかったというのを知って誘われたのだが、どこかでバイトをしようと考えていたところだったため、そのまま働かせてもらっている。
バイトの話でひとしきり盛り上がると、一旦話は落ち着くとお互いに沈黙する。
以前のただのクラスメイトという関係よりは仲良くなったと思っているが、距離感がわからないのは相変わらずだ。虎徹や若葉のように気の置けない関係であれば話は尽きないが、仲良くなり始めたばかりという微妙な関係のため話題に困っていた。
すると、突っ込んできたのは花音の方からだ。
「青木くんってさ、彼女いたことあるの? それか実は今いるとか」
ちょうど飲み物を口に含んだタイミングでの話題にむせてしまう。
「な、なんで急に!?」
「ふふっ、反応おもしろーい」
花音はどうも俺をいじることを楽しんでいる節がある。
「女の子は恋バナが好きなだけだよ。私だってこんなだけど一応女の子だし? それでどうなの?」
「……いないし、いたこともないよ」
彼女がいたなら花音と二人でこうやってご飯を食べることはない。学校一の美少女と二人で出かけるなんて、よほど寛容でもなければ何もなかったとしても確実に嫉妬されるだろう。
いたことないことを笑われると思ったが、反応は意外なものだった。
「ふーん、そうなんだ。話しやすいしいてもおかしくないかなって思ってた」
どうやら花音は意外と俺のことを評価してくれているらしい。
「そう言うかのんちゃんは?」
「私も一緒。彼氏できてもずっとキャラ作ってるとかしんどいし。告白はされるけど、その人が好きなのは作ってる私だから」
素の花音も十分魅力的だと思うし、もし素を見せても受け入れられると思う。
どうも花音は素の自分を卑下しているように見える。花音にとっては素が魅力的だとか、受け入れられるとかそういう問題ではなさそうだ。
「そもそも好きな人もできたこともないから、恋バナは好きだけど恋愛はわからないって感じ」
高校二年生になって好きな人ができたことがないというのは珍しい。かく言う俺もできたことはないが。
「若葉ちゃんって前々からクラス違うのに来てたから、青木くんと付き合ってるのかなって思ってた。藤川くんも一緒にいるけど、そっけないから違うかなって」
「うーん、幼馴染ってのもあると思うけど、俺といる時も若葉って虎徹の話多い気がするんだよな。恋愛感情とかはわからないけど」
俺は濁しながらそう言った。
勉強面が一番わかりやすいが、赤点ギリギリの俺よりも虎徹の方が目をかけられている。
「言われてみればそうかも。若葉ちゃんと藤川くんって言い合うこともあるけど、信頼してるって感じがする」
「信頼してるからこそ言い合っても関係が壊れないのはあるかも」
俺と若葉が言い合うことはまずない。勉強をしなくて怒られることはあるが、意見が食い違っての喧嘩はない。
友達とは言っても互いに多少の遠慮があるのかもしれない。親しき中にも礼儀ありと言うくらいだから、むしろ虎徹と若葉の仲が良すぎるだけだと思っている。
「若葉の話が出たついでに聞きたいことがあるんだけどさ……」
「なに?」
俺は以前、気になったことを思い出す。わざわざ聞くことではないと思っていたが、話題として出した。
「前にカラオケ行った次の日、若葉と話してたら微妙な顔してた気がしてなんだったんだろうって。覚えてないかもしれないけど」
もう二週間も前の話だ。ちょっとした出来事のため覚えているとは思えないし、俺も今思い出したところだった。
花音は、「え、えーっと」と心当たりがある様子で言い淀んでいる。ただ答えは返ってこない。
俺はいつものお返しと言わんばかりに冗談半分でからかった。
「実は俺のこと好きで嫉妬してたとか?」
我ながら痛いとは思うが、まさか本気でそう思って聞いているわけではない。適当にあしらわれると思って出た冗談だ。
しかし、花音の反応は予想外だった。
「えっ、なっ……」
顔を真っ赤にして口籠もる。
否定が出るよりも先に表情に現れていた。
「えっ、まさか本当?」
「そんなわけないでしょ!」
ここでやっと否定が入る。そしていつもよりは素を出しながらも、今までは人目を気にして作っていたキャラも完全に壊れていた。
その慌てる様子に、申し訳ないが可愛いと思ってしまう。
もしかして図星なのかとも思ったが、花音は否定した。
「好きだとかそんな感情はないもん」
可愛いそう言う花音は、落ち着きを取り戻した様子でポテトを一本出すと指先でいじる。紙ナプキンに油が染み出し、それを口に含んだ。
「誤魔化して変な勘違いされると嫌だから正直に言うけど、嫉妬はしてたかな」
その言葉に俺の胸が高鳴る。
花音は俺に興味がないからこそ素を出せるわけで、それがわかっているから俺も勘違いしなかった。
それでもそんなことを言われると、嫌でも勘違いしてしまいそうになる。
「恋愛感情じゃないよ。なんて言うかその……」
花音は言いにくそうに頬を赤らめる。
「と、友達取られた気がして! 私にとって唯一青木くんは気の許せるって言うか、素を出せるって言うか、そんな感じだから!」
顔から火が吹きそうなほど赤くなっている。
恥ずかしそうな花音だが、花音にとっては唯一素を出せるのが俺だということは嬉しい話でもあった。
そしてその事実で俺も照れてしまっている。
「な、なんかごめん」
「別に怒ってるわけじゃないけど!」
変なことを言ったことで微妙な雰囲気となってしまった。ただ、それは嫌な雰囲気でもない。
「それよりもさ……」
花音は咳払いをし、呼吸を整える。
「テストどうだったの?」
「聞かないでくれ!」
仕返しとばかりに笑いながら攻めてくる花音に、俺は押されている。
ちなみにテストは微妙な結果に終わった。
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