第25話 救う事が進むこと
少しだけ、昔の話をしようと思う。
これは、私がまだ医師になる前の話であり、医師になる事を志した話である。
10歳のある日、私は友達と海に遊びに行った。
「私、ちょっとだけ海に入ってくる!」
一緒に行った友達のエリがそう言った。
当時、私は金槌だった為、海には入らずに砂浜でその様子を見ている事にした。
「キャッ」
エリの短い悲鳴が私の耳に入った。
そして、エリの様子を見ると、素人目でも溺れている事が分かる。
「たす、けて……」
エリの声が何度も何度もこだまする。
私は、助けようと試みたが、泳げない私にはどうする事も出来なかった。
数十分経過して、助け上げられて急いで病院へと運ばれた。
病院に運ばれた時は既に心肺停止の状態だった。
かなりの時間、心肺蘇生法が行われていたと思う。
当時の私にはその時間がとても長く感じた。
しかし、治療の甲斐なくエリは息を引き取った。
彼女の心臓は再び動き出す事はなかったのだ。
「うぁぁぁぁ」
病室にエリの父親の声が響いた。
私は、その様子を病室の外から見ている事しか出来なかった。
しばらく経って、エリの父親が私の元へやって来た。
私はエリの父親をおじさんと呼んでいた。
「サクラちゃんは無事で良かった」
おじさんは私の事を責めなかった。
ただ、私の両肩に手を置くとそう言った。
私の視界もボヤけた。
そして、ボロボロと涙が溢れ落ちて来た。
この件があったから私は医者になった。
人を救う事で私も救われた。
そんな気がした。
泳げるように練習もした。
もう、同じ事は繰り返さないように。
♢
エリが亡くなってから8年の歳月が流れた。
この8年間、エリを忘れた事はない。
あれから、おじさんは同じように私に接してくれていた。
「サクラちゃん。もう、エリへの贖罪の気持ちで医療に向かわなくてもいいんだ」
つい先日、おじさんに会った時に言われた。
「エリの事でサクラちゃんが医者になって、沢山の人の命を救ってきた。それが、エリの生きた意味になったと僕は思ってきた」
確かに、私が医者を志して最前線の医療に取り組んできたのはエリの一件があったからだ。
「でも、もういいんだ。これからは贖罪の気持ちではなく、純粋な心で命を救ってくれ」
おじさんは優しい微笑みを浮かべて言った。
「僕はね、サクラちゃんを本当の娘みたいに思っている。だから、サクラちゃんが活躍している姿を見るのは嬉しいし、誇りに思っている」
8年の歳月は長いようで短いものであった。
「過去では無い、今の患者さんを僕はサクラちゃんに見てもらいたいな」
おじさんの言葉が私の中で凄く響いた。
『誰かを傷付けた事がある者は人を救う事が出来る』
この師匠の教えが私にとっての支えにもなっている。
救う事は、進む事なんだ。
これが、私の生き方なんだ。
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