小学六年生の二人
「ねえ、いつもこの席座っているよね」
毎週土曜日は図書館に朝から来ていた。同じ席に座り、ノートを広げる。勉強ではなく、物語を書くため。家ではお母さんやお父さんがにやにやしながら見てくるのが嫌で、恥ずかしくて書けなかった。学校でもクラスのやつらには絶対に見せられない。だから、宿題や参考書と一緒に、この物語のノートを持って、図書館に来ていた。ここなら静かにノートに物語を書いていても、誰にも何も言われないし、放っておいてくれるから。
そんな図書館で突然声をかけられた。それも、知らない女子に。陰キャの俺にわざわざ話しかけてくる女子はクラスメートでも少ないのに。驚いて言葉がうまく出てこない俺に構わず、ノートを覗いてくる。
「何をしているの?」
俺は思わずノートを隠した。
「隠さなくてもいいでしょ」
彼女に素早くひったくられて、全身が熱くなるのを感じた。恥ずかしい。馬鹿にされる。そんな視線を向けられたくないから、この静かな図書館に来ているのに。
「物語を書いているの?」
相手の視線には馬鹿にする感じはなかった。俺が黙ってうなずくと、またノートに視線を移す。
微妙な沈黙。
「へえ…君、頭いいね」
「え…?」
「私、本を読むのは好きだけど、こんなの書けないよ。すごいじゃん!」
何を言われているのかよくわからなかった。褒めてもらえたのか。書いたものを人にちゃんと読んでもらえたのは初めてだと思う。小学生が物語を書くなんて、変なやつだと笑われるだけだと思っていた。人に見せられるものではないと思っていた。でも、違っていたんだ。
「ありがと」
「またできたら読ませてよ。私、星野ひかり」
「うん。俺、中村」
気が付けば土曜日はひかりと会えるのを楽しみにしていた。ひかりはよく本を借りに来ていた。一か月に三十冊が目標だと言って、ぶ厚い本を何冊も借りていた。
「ねえ、中村。何年生か聞いてなかったよね?」
ひかりが今さらな質問をしてきた。俺は気になっていたけど、聞いていいのかわからなくて聞かなかった。
「六年生だけど」
「やっぱ同い年かあ。四月から中学じゃん。どこ中?」
「南中」
「おお、うちと同じじゃん。小学校違うから中学も違うところかと思っていたけど。イエーイ」
同じ中学校に行けるとは。今の小学校ではなんとなくうまくいっていないけれど、中学校では変われる気がした。こいつと一緒の学校に行けるんだから。
「中学に入ったら、あそこ文芸サークルがあるんだよ。一緒に入ろうよ」
「そんなのあるの?」
文芸、なんてそんなすごいことをしているつもりはなかった。俺は文芸をしていたのか。なんだか恥ずかしいことをしている気がしていたのに、やっぱり違った。馬鹿にしていたやつらもいたけど、そいつらが馬鹿だったんだ。俺とこいつはそいつらと違う世界を見ていたんだ。
「そこで物語を書いたり、読んだり、あと、漫画を描いたりする子もいるんだって。うち一人じゃハードル高いけどさ、中村もいるし」
「俺も友達がいるならいける」
「あー、中学楽しみになってきた」
明るいひかりと一緒なら、俺の生活も明るくなれるような気がしてきた。
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