地元の図書館

正直、今回の取材は気乗りしない。確かにネットで調べると、喰字鬼を自称するやつらはいたが、おふざけのように見える。自分としては、その存在を面白おかしく書ける気がしない。別に彼らが存在したとして、無害だったらそれでいい。人を襲う、とかなら、ネタになりそうだが。

ただ、どんな理由であれ、久しぶりに地元の図書館に来られたのは悪くない。昔は広く見えた市立の図書館だが、大人になると本当に小さい、蔵書数も比較的少ない、そんな街の図書館だ。

図書館のカウンターの女性に声をかける。

「すみません、ちょっとお話させていただいてもいいですか。私、記者をしていまして、ここで最近、変な事件は起きていませんか?」

女性は俺の名刺を見て、そして俺の顔を見て、怪訝な表情を浮かべた。三流雑誌の記者に声をかけられたら、誰もがこういう反応をする。

「変な事件って何ですか?」

「喰字鬼って知っていますか?」

「しょくじき…?」

「では、例えば、本にいたずらがされていたとかはどうです?」

「ああ、あの質の悪いいたずらのことを取材されているんですか」

そう言うと、女性は書庫から一冊の分厚い本を持ってきた。『私の中にある守護者』。このタイトルには見覚えがあった。

女性が本を開く。

「文字が…ない」文字だけがない。本の汚れ具合からして、もともと図書館にあった本なんだろうが、文字がきれいにない。メモ帳のようになってしまっている。

「そうなんですよ。最近、こういう本が置いていかれるんです。ひどいいたずら、っていうか、いたずらにしては手が込んでいてねえ。これをやっているのが、そのしょくじきですか?」

「おそらく…。これはいつ頃のことですか?」

「ここ数日のことです、館内で何冊か見つかるので。この本は昨日でした」

これはネタになりそうだ。この本の状態を見れば、読者も興味をそそられるだろう。こんな状態になる、ということは、もし家で喰字していたら返却のときに困るはずだ。つまり、館内でまさに喰字をしているに違いない。今日もその喰字鬼が来ているだろうか。だとしたらラッキーだ。

この本を借りて、館内をうろついてみる。館内の席数は決して多くはない。立ち喰いの可能性もあるが、まずは座っている人から偵察してみよう。

すると、後姿がどこか見覚えのある女性が座っている。懐かしい。何年も会っていないのに、すっかり大人になってしまったのに、後姿で思い出すなんて…。いや、彼女を忘れるはずなんてない。

「あの…星野ひかり…さんですか」

おそるおそる声をかけると、こちらを向いた彼女の顔を見て、昔の記憶がはっきりとよみがえった。

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