おまけ ミズキファミリー

 ――あー、あったま痛っ……。

 完全に飲みすぎたわ。あー、吐きそう。

 ヤバいな、カルーアミルクは大好きだからつい飲み過ぎる。


 隣でまだ寝てる茉悠さんを見る。

 体をこちらに向けて、口元に両手を置いて子供みたいに無防備に寝てる。かわい……。


 平日は茉悠さんが先に起きてることがほとんどだから、週末の密かなお楽しみ、寝てる茉悠さんの髪をなでる。


 ……昨夜、茉悠さんに髪触られてたよな……。

 いや、その前だよ、前。

 完全に酔っ払ってたもんだから、勝手にキスしてそのまま強引にひざ枕してもらって……恥っず。


 なんでこんな鮮明に覚えてんだよ。恥ずかしいわ。酔った勢いでしたことなんておぼろげ程度でいいんだよ。他の人ならキレーサッパリ忘れんのに、なんで茉悠さんだとこうも覚えてんだよー……。


 パッと、茉悠さんが目を見開いた。あ、起きた。姿勢良く体を90度起こし、こちらを見る。

「おはよう、清水くん」

「おはよう、茉悠さん」

 これが見たくて週末は茉悠さんよりも早く起きる。こんな目覚めのいい人他に知らない。おもしれー。


 あ、昨日のことを……って、まだ寝ぼけてるな。真顔だ。真顔からボーっとした表情に変わる。完全に目覚めたな。


「昨夜はごめんね、茉悠さん。足重かったでしょ」

「昨夜? 何かあったかしら」

 茉悠さんの方が覚えてないのかな。

「いや、俺頭乗っけちゃってたから」

「ああ。別に何ともないわよ、頭くらい」

 笑ってる。良かった、怒ってはないみたいだな。迷惑かけたし、もう酒飲むなくらいは言われるかと思った。


 茉悠さんがキッチンに立つ。食パンを焼いて皿に載せ、同じフライパンで目玉焼きを焼く。やっぱり、ふたりで住むにはこの部屋は狭すぎるよな。トースターを置く場所すらない。

 最低でも1LDKはほしい。寝室とリビングは分けたい。茉悠さんの前で着替えるのは恥ずかしいが洗面所はせまっ苦しい。


「できたよー」

 茉悠さんが皿を手にやって来る。ベッドからすぐ横のテーブルに移る。合理的ではあるんだけどな、すごく。

「ちょうどいい機会だし、引っ越そうか? あのキッチンじゃ不便でしょ」

「たしかに、キッチンは不便ね」

「引っ越しは?」

「めんどくさいわね」

 なるほど、それで引っ越しに及び腰なんだな。


「どうせ荷造りや手続きするのは俺でしょ。茉悠さんはキッチンだけ使いやすいように整理してくれたらいいから」

「え? ほんと?!」

 分かりやすく明るい顔になる。めんどくさいだけが反対理由だったのか。


 朝食後、あぐらをかいてスマホで早速物件探しをしてみる。

「ねえ、新居の希望ある? 会社まで1時間以内で探そうとは思ってるけど」

「通勤が便利なのに越したことはないわね。あ! 私、通いたいお店がある」

「へえ、何の店?」

「居酒屋さん。すごく興味深いお店なの。カラオケ屋さんまでそんなに歩かなかったからたぶん近くだと思うんだけど。あのコンビニ、何坂の何丁目だっけ?」

 カラオケからのコンビニって、まさか……。

「聖天坂五丁目?」

「あ、そうそう」


 そうそうって。茉悠さんが家出して男についてった時の話かよ。まったく……この人、簡単に俺以外の男についてったことをまるで反省してねえな。

 ま、自分から蒸し返すくらいだから何もされてないってことか。……いや、分かんねえぞ。茉悠さんならキスくらいされてても平気で蒸し返すかもしんない。


「聖天坂五丁目辺りがいい」

 軽く言うなあ。聖天坂なんか全体的に家賃高くて払えねえよ。近隣地域で探すか……。

 あれ? 聖天坂でも八丁目なら突然の激安。なんで? ここだけ安いとか超怪しい。

 ああ……茉悠さんも働いてた歓楽街と一部隣り合ってるのか。それで治安が悪くて安いんだな、きっと。

 ここからでも店に行っちゃったくらいだから、近付くのはイヤだな。茉悠さんには悪いけど、このことは言わずに他の地域で探――

「このマンションかわいい! 白い外壁のマンションって憧れてたのよね」

「えっ」


 いつの間にか茉悠さんが後ろを通りかかっていたらしい。背後から俺の手のスマホをのぞきこんで画面を指差す。顔が近い!

「あ、こ、これ?」

 やり過ごそうとしてたのに、ついドキドキして茉悠さんが指差すマンション画像をタップしてしまった。


「空室ありですって、清水くん」

「んー、近々内覧申し込んでみる?」

「今から行きましょうよ。清水くんのご実家に行くのは午後からだから、今から行けば間に合うでしょう」

「今から?!」

 また突っ走りだしたな、茉悠さんは!

 着替えを出して洗面所へと歩いて行く。茉悠さん、本気だ。茉悠さんはほとんど冗談を言わない。冗談みたいなことはしょっちゅう言うけど。


 不動産屋に問い合わせてみる。なんと今からの内覧に応じてくれると言う。

 マジか。行くしかないか……。



「新婚さんにオススメのマンションですよー! ファミリーでお住まいの方もいらっしゃるんで、これからお子様が誕生されても安心です!」

 偶然にも、茉悠さんのマンション解約の時に来た不動産屋だった。このハイテンションなノリが苦手なんだろう、顔を見た瞬間、茉悠さんは眉間にシワを寄せていた。


「ファミリー? あの狭い1LDKの間取りで? 無理でしょ」

「それが本当にいるんですよ、ファミリー。あ、ちょうど出て来た」

 マンション前にとめた車の脇でしゃべっていると、家族連れが現れた。抱っこひもで赤ちゃんを抱っこした俺より若そうな旦那さんと、ベビーカーを押す奥さん。ベビーカーの中には髪をふたつ結びにしたかっわいい赤ちゃんが笑っている。


 夫婦が軽く会釈しながら俺たちの前を通り過ぎる。不動産屋が赤ちゃんに向かって大きく手を振ると、マネして手を振る。

「かわいい! あのかわいい赤ちゃんファミリーもここに住んでるのかしら。ここいいわね」

「住人で決めずにせめて内覧くらいしてから決めようよ」

 突っ走ってるなあ、もう。思わず笑ってしまう。


 間取り図で見た通り、部屋の中はうちと大差ない。ただ、リビングよりも狭い小部屋が増える。

 茉悠さんは部屋に入るとまずキッチンへ行った。


「ここならレンジやトースターも置けるよ、清水くん」

 白いカウンターキッチンだ。だいぶキッチンの使い勝手は良くなりそうだな。

「あ! 二口コンロが置ける!」

 茉悠さんのテンションが上がってきた。やっぱり今のキッチンじゃ不便だったんだな。


 何も不満を持たないおおらかさは本当に尊敬してるけど、茉悠さんって欲がないって言うか夢がないって言うか希望がないって言うか、自分発信がないんだよな。


「ねえ茉悠さん、なんかやりたいことない? してほしいことでもいいよ。俺にでもいいから。俺何でもやるよ。できることなら」

 茉悠さんはとんでもない願望を持ってる可能性があるから、一応保険をかけておく。


「清水くんにしてほしいこと?」

 うーん、と考えた茉悠さんが笑った。

「清水くんに今日もお酒飲んでほしい」

「え? そんなこと?」

 ほんと、予想をはるかに超えてくる。俺、すっげー酒癖悪いのに……茉悠さんは俺の悪い所も全部笑顔で受け入れてくれる。本当に茉悠さんと出会えて良かった。


「この部屋、先ほどのファミリーの隣なんですよ」

「ここに決めましょう、清水くん」

 この不動産屋、案外やり手だな。

「茉悠さんが気に入ったんならいいよ」

 もう苦笑するしかない。


 ファミリーか。

 結婚するにあたり、清水か水城か選べると知った時、迷わず水城がいいと思った。

 これまで、水城茉悠としてひとりで生きてきた茉悠さんに、水城ファミリーを感じてほしい。


「今日引っ越ししましょうよ。清水くんのご実家から帰って来たら」

「それはさすがに無理だと思うよ」

 引っ越しに消極的だったのに、突っ走りだしたらマジで止まらないな、茉悠さん。おもしろい。


 これから俺は、水城柊としてこの暴走に巻き込まれ続けるんだろう。

 茉悠さんとの生活は、穏やかなのに刺激的で楽しい。

 シュウさんのネット予約をした時俺は、茉悠さんの人生そのものを予約したつもりだ。

 俺は一生、一番近くで茉悠さんを守りたい。茉悠さんがずっと笑っていられるように。

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キヨミズくんを酔わせたい ミケ ユーリ @mike_yu-ri

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