第55話 変わってないもの

「おおー! おめでとう! 清水くん、水城さん!」

 頼野さんの声に、総務の皆さんが立ち上がって拍手をしてくれる。うれしいんだけど、すごく恥ずかしいわ。


 さくらがささっと総務の部屋を出て行く。どうしたのかしら? あら、もう戻って来た。

 と思ったら、何? 何? と片橋くんと高橋が入って来る。

「清水! 今のもう1回言って!」

「何なんだよ、尾崎は」

 苦笑いをしながら、部長席の前に立っていた清水くんが入り口近くに立つ営業の仲間に近付き、頭を下げた。私も慌てて清水くんの隣に行きペコリと頭を下げる。顔を上げると清水くんがにっこり笑った。それを見た私もつられて笑顔になる。


「水城茉悠さんと結婚します」

「結婚?!」

 ふたりがすごい大声を出す。


「マジかよ! えらいスピード結婚だな!」

「え、清水、俺より2コくらい年下だったよな?!」

「年下も結婚する年になってるのよ、片橋! ね! 高橋さん!」

「マジかよー……結婚とか……マジかよー」

 高橋は何回マジかよ言うのかしら。


「なんでそんなに急いで結婚するんだよ? 清水」

 それよね、片橋くん。私もどうしてこんなに急かされているのか分からない。

 清水くんはご両親に電話で報告だけして、この1週間ほどで結婚に必要な物を調べ上げふたりの戸籍謄本を取り、婚姻届をもらって来て昨日書いて、今日頼野さんに私の証人になってもらうために持って来て結婚報告をした。


「結婚を焦る理由なんてひとつしかないだろ……子供ができたんだな、水城」

 高橋は何を言ってるのかしら。高橋は本当に高橋だわ。

「違うの? じゃあ、なんで?」

 さくらが尋ねると、清水くんが笑顔で答える。


「婚姻届を提出して夫婦になれば、同居の義務が発生する。ということは、茉悠さんが失踪した際、俺に茉悠さんを捜索する権利が発生する! かなり安心感が違ってくる」

「そんな理由?! 茉悠ちゃんが失踪する可能性があると思ってるの?」

「すでに2回失踪してるからね」

「この短期間で?!」

 ああ、そういえば私への恨み節が止まらなかったわね。あれが原因だったのか。


「いいのか? 水城! 結婚だぞ? 一生清水と一緒にいることになるんだぞ? こんなよく分からん性格した男と!」

 高橋はまだよく清水くんの性格を分かってないのね。私もいまだに変わった子だなとは思う。

「いいんじゃないかしら」

「だから、軽いんだよ、お前は! ちゃんと考えたのかよ! いつまた性格豹変するか分かんねーぞ!」

 その場合は二面性じゃなくて三面だったってことになるのかしら。


「大丈夫よ。清水くんが優しいのは初めて会った時からずっと変わってないから」

「え? 初めてって、俺たちが入社した時?」

「そうよ」

 清水くんには心当たりがないらしく、首をかしげている。


「入社日の朝、茉悠ちゃんダラダラスリッパ並べてたのよね。私この人何してんのって思ってたわ」

「あー、あれ困ったよな。ずっと待ってて上司に新入社員のくせに出社が遅いと思われるのも困るし、声かけようかどうしようかかなり迷ったよ」

「そんなことがあったのかよ? お前、いきなり新入社員に迷惑かけてんじゃねーよ!」

 そうそう、あの時、スリッパを並べ終わって振り返ったらさくらは腕組みして眉間にシワを寄せて私を見ていて、片橋くんは汗をかきながら頭をかいて困惑の表情だった。


「でも、清水くんは笑ってたの。穏やかに微笑んでる清水くんを見たら、ずっと並べ終わるのを見守ってくれてたんだなって分かって、優しい子だなって思ったわ」

「へー、やがて結婚に至るふたりのファーストコンタクトか。清水くんは覚えてるの? その時のこと」

 頼野さんがやって来て清水くんを見る。


「俺はあの時、おもしろい人だなって思ってました。スリッパ並べてるだけなのにツッコミ所がたくさんあって」

 思い出し笑いをしてるようだけど、そんなおもしろいことがあったかしら?

「水城も清水も第一印象からお互いに好意持ってたんじゃん」

「えー、それでくっつくまで6年もかかるとか、さすがにスロー過ぎない?」

「全然スピード結婚じゃなかったな」

 なんかブーブー言われる中、

「あっはっはっは」

 と豪快に頼野さんが笑った。


「水城さんと清水くんらしいよ。人生は長いんだから、君たちは君たちのペースで仲良くやっていけばいいんだよ」

 私たちは私たちのペースで……。


「ありがとうございます。頼野さんみたいに、夫婦円満な家庭を目指します」

「いやいや、甘いよ、清水くん。円満一辺倒な家庭なんてないよ。夫婦はぶつかり合って形を変えながら成長していくものだよ。変わらぬ愛を貫きながら、その時々で愛の形が変わっていく」

「変わっていいものなんですか?」

「もちろん。新婚当時は一生恋人同士みたいな夫婦でいたいと願ったり誓ったりするけど、僕はあり得ないと思ってるよ。恋人から家族になるんだから、変わって当然。ただ、お互いがお互いを思いやる気持ちだけ変わらなければ何度ぶつかってもやっていけるものだよ」


 変わるもの、変わらないもの、どちらもあっていいんだ。

「頼野さんも奥さんとケンカしたことあるんですか?」

 せっかくいいお話を聞いてるのに、高橋がチャチャを入れる。

「何度も何度もケンカしてるよ。ケンカも相手を知るいい機会だと思って、次に生かしていけばいい。前にこの話した時はああ言ったらケンカになったから、今度はこう言おうって。ケンカを恐れて言いたいことを我慢するのがいいとは思わないからね。大事なのは互いの意見を尊重してすり合わせることだと僕は思うよ」

 すり合わせる、か……。勉強になるわ。


「茉悠さんは、とりあえず俺の話を最後まで聞いてね」

「茉悠ちゃんってちょいちょい人の話聞いてないもんね」

「え? そう?」

「あはは! 相手の話を聞くのはまず大前提だね、水城さん」

 私そんなに人の話を聞いてない時があるのかしら? 清水くんを知る以前に自分を知ることも必要なのかもしれないわ。


「頼野さんの話聞いてたら俺も結婚して夫婦で切磋琢磨したくなってきた。まずは、彼女がほしい!」

「ありがとう! 頼野さん!」

 片橋くんは本当に頼野さんに憧れているのね。そして、どうしてさくらが頼野さんに感謝してるのかしら。話を聞いてても分からないこともあるものだわ。

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