第49話 電話の相手は
よし、もういいかな。焦げ始めないうちに火を止めよう。
今日は寒かったから、クリームシチューにした。
「ただいま!」
「あ、おかえりなさい」
玄関から清水くんが笑顔で入って来る。
帰ってくるといつも笑顔の清水くんだけど、今週は日に日にその表情が柔らかくなっていっている気がする。
何年も気を張った会社生活だったから一気に完全に気を抜くのは難しいのかもしれないけど、日々清水くんの気が楽になっていくのが見て取れるようで、改めてよく今まで毎日がんばってたなあと称えたくなる。
あら、寒そう。清水くんがブルッと震えた。
「先にお風呂入る?」
今日は本当に寒い。けど、暖房を入れるにはまだ早い気がして私も帰って来てすぐにお風呂に入って温まって重ね着をしてしのいでいる。
清水くんが、んー、と言いながら準備の整っている丸いローテーブルを見た。
「いいよ。先に食べよう」
「ごめん、まだかかりそう」
「そう? じゃあ、入って来ようかな」
清水くんがテーブルにスマホとメガネを置いてお風呂に行く。
清水くんは優しすぎるから、これくらいの嘘はいいよね。実際、温め直すくらいの時間でお風呂上がってくるし。
冷蔵庫からお茶を出してテーブルに置こうとしたら、清水くんが置いて行ったスマホとメガネが鳴ってる。あ、メガネは鳴ってない。
毎日毎日、清水くんのスマホに同じ番号から着信がある。日中はかかってこないらしい。夜と、土日のみだ。お相手は清水くんが電話に出られる時間を分かってるんじゃないかしら。
清水くんは留守電に何もメッセージを残さないから、という理由で一向に出ようとしない。
……ご両親からの電話じゃないのかしら。
ご両親との間にわだかまりがあるような話を聞いたものだから、そう思えてならない。
あえて登録はしていないけれど、ご両親の電話番号を覚えてるんじゃないかしら。
話くらい、したらいいのに……。
と思ってるうちに、清水くんが上がってきた。
「電話、鳴ってたよ」
「あー、またか。何なんだろうね。用事があるなら留守電入れればいいのに」
スマホを確認して、笑いながらまたテーブルに置いた。
やっぱり、用事は分からなくても誰なのかは分かってるんじゃないかしら。
清水くんとドラマを見ながらごはんを食べる。清水くんも元はテレビ好きっぽい。
なのに、天井にリモコンを貼り付けるほどストイックに節約してたくらいだ。清水くんの決意は固い。私が口を出すことじゃない。
でも……。
食後に清水くんが洗い物をしてくれていると、また電話がかかってきた。
テーブルのスマホを持って清水くんへと持って行く。
「清水くん」
「今手濡れてるから出れないよ。間が悪いな」
と笑う。
「スピーカーにしようか?」
「ううん、いいよ。どうせ用事はないんだから」
……用事もないのに電話をかけてきているなら、ただ清水くんの声を聞きたいだけなんじゃないかしら。
「ねえ、清水くん。その……私が言うことじゃないんだけど、えーと……ご両親と、その、和解って言うか、話をする気は全然ないの?」
「え? ……ああ、ごめん、気を遣わせちゃって」
「ううん、いいの。私が勝手に気になってるだけだから。あ、私が気にする場所じゃないって分かってるんだけど」
「場所って」
笑って洗い物を終えた清水くんが私の手からスマホを取りテーブルに置いた。私の正面に立って穏やかに微笑む。
「正直、茉悠さんと暮らし始めて、気が変わってきてるよ。親への反発だけで金突き返すより、今の茉悠さんとの生活に金使いたい。茉悠さんのためなら、俺親と和解したい」
うちの会社のお給料じゃ、あっちもこっちもは無理だものね。
清水くんがそっと優しく抱きしめてくる。どうしたんだろう、急に。ドキッとする。
「茉悠さんのおかげだよ。俺ちっせーなって気付けた。ありがとう」
「え?」
清水くんは小さくなんてない。今も、私の頭にあごも当たらないくらいに背が高い。
あったかい……今日はすごく寒かったから、清水くんの温かさが身に染みるようだわ。
私は今、ひとりなんかじゃなく、この人と生活している。私は、幸せだ……。
「寝よっか、茉悠さん」
「うん。あ、スマホ取って」
テーブルを立てかけようとへりに手をやると、清水くんがテーブルの上にメガネを置いた。
え?
そのまま、私の手首をつかむとベッドのへりに座って引っ張る。
「こっち来いよ」
あ……久しぶりに聞いた、清水くんのこっち来いよだ。やっぱり、ちょうどいい強さだわ。
懐かしくて、うれしい。
私はいつの間にか、清水くんにそう言われるのを待っていたのかもしれない。
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