第48話 ギャップ男子
お弁当を食べ終え、さくらと総務の部屋に戻ると珍しくもうベテランパートの阿部さんが席に着いていた。阿部さんは自宅が近いからお昼休みは家に帰る。
「あ! 聞いたわよ、水城さん! あの清水くんが恵利原部長のセクハラにビシッと物申したんですって?!」
「情報、早!」
さくらも驚いている。本当にすごい情報網ね。
物申す……と言うと、「異議あり!」って勢いでそれこそビシッと指でも差してそうよね。何か違う。
清水くんはもっと穏やかだわ。でも、たしかに厳しい印象もあったわね。あの時の清水くんをなんと表現すればいいのかしら。
「え? 悩んでる? 私何か悩ませるようなことを言ったのかしら」
「何て言ったらいいのか分からないから再現しますね。それセクハラですよ、やめてくださいね、って感じです」
「なんか全然違うよ、茉悠ちゃん!」
「何してるの?」
寸劇をしている私たちを出入り口から清水くんがキョトンと見ている。あら、ご本人登場だわ。
「あ! ちょうどいい! 清水が再現してよ! ビシッとカッコ良く恵利原部長に意見したところー」
「そういう言い方すんなよ、尾崎」
「清水くん! こっちおいでー、アメあげよう」
「ありがとうございますー」
笑顔で阿部さんからアメを受け取った清水くんがさくらの席へと歩いて行く。
「尾崎、社用車――」
「えー、やってよ清水ー。もう1回見ーたーいー」
椅子に座ってクルクル回りながらさくらが笑っている。完全に遊んでるわね、さくら。
でも私ももう1回見たいかも。
清水くんがめんどくさそうにイヤな感情を全面に出す。これまでの清水くんが会社ではしなかった顔だわ。
良かった、ちゃんと会社でも素でやっていけそうだわ。そりゃ無意識に出てしまう部分を隠すよりもそのまま出す方が楽なはずだものね。本当に、今までよくがんばってたなあ。
「尾崎のためにやったことでからかってくるんじゃねーよ。セクハラされてても二度と止めに入らないからな」
「えっ、清水がそんな意地の悪いことを言うなんて」
私に背を向けてるからさくらの表情は分からないけれど、声は驚いている。
「あはは! 言わないと思った? 言うんだなー、それが」
清水くんがいたずらっ子のように意地悪に笑う。あら、かわいい。
「俺がいる時なら止められるけど、周りに男がいなくても尾崎が自分で拒否しねーとダメだよ。あの感じじゃセクハラされんの初めてじゃなかったんだろ?」
「え……まあ、うん」
真剣な顔で尋ねる清水くんに、さくらが戸惑った返事をする。
清水くんが説得力のある温厚な笑顔で優しく
「一度でも許すとやっても大丈夫な人だと思われちゃうよ。言いにくいのは分かるけど、自分の身を守るためだよ。ね?」
と聞くと、さくらが
「え……う、うん、分かった」
と答えた。それを聞いた清水くんはいつものようにかわいいワンコスマイルを見せる。
「良かった。でさあ、昼から社用車使いたいんだよ。鍵出して」
鍵庫の横にぶら下げている社用車ノートを手に取り記入した清水くんがさくらのデスクにノートを置いた。
「チェックお願いしまーす。あれ? 鍵出してよ、尾崎」
「あ、ああ、鍵ね」
どうしたのかしら。さくらはこんな人を無駄に待たせるようなことのないできる子なのに。
清水くんが総務の部屋を出て行くと、さくらがシャッと椅子を滑らせて来た。
「何なの、清水?! 清水のくせに意地悪なこと言うんだけど! 真剣な顔したかと思ったらめっちゃ優しいんだけど?!」
「びっくりするよね。ギャップに慣れないって言うか」
「ギャップ! ギャップがすごい!」
全部が素だからスムーズにギャップが次々繰り広げられるような子、私も他に見たことがない。
「いつも笑ってるのと違って、急に笑顔見せられるとズキュンとくる!」
「え? ズキュンときたの?」
「うん!」
あんなに俺様な清水くんを嫌がっていたのに、ギャップに織り交ぜられる分にはいいんだ?
さくら、ギャップに弱いのかしら。片橋くんは見た目も中身も硬派な体育会系で特にギャップは思いつかないけど。
「茉悠ちゃん、見抜いてたの? 清水があんなギャップ男子だって!」
「ギャップ男子って初めて聞いた。そんな言葉あるの?」
「知らない。私も初めて言った」
「そうなんだ。はじめは、清水くんはお酒を飲んだら俺様男になるんだと思ってたわ」
「私もそうだと思ってた」
「でも、清水くんが優しい子なのは初めて会った時から分かってたわ」
6年前、清水くんが初めて出勤してきた日の朝。
思い返せば、あの時から清水くんの笑顔を見るとうれしく感じる。
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