第47話 出会い

 お弁当箱を開けた清水くんが卵焼きを食べて、私に笑いかける。

 良かった、おいしいみたい。私も卵焼きを食べてみる。テレビでマヨネーズを少し入れるといいって知って、初挑戦してみた。

 うん、おいしい。マヨ感は特にないわね。私も笑って返す。


「また釣り行こうよ、エリー」

「船釣りに挑戦してみる? ヨリー」

「いや、俺船酔いひどいんだよね」

「薬飲んでもダメなくらい? 岸釣りもいいけど、大海原での釣りもいいよー。船長がポイント探してくれるから楽だし。むしろ初心者には船釣りがオススメだよ。やっぱり釣果がないとハマれないだろう」

「いや、釣り堀でも十分おもしろかったよ」


 おじさんたちは今釣りにハマっているみたいね。清水くんもこないだテレビで熱心に芸人さんが釣りしてるのを見ていた。

 一応フンフン聞きながら私は一切興味がないからお弁当が進むわ。

 さくらと片橋くんは前に座る清水くんを見ている。どうかしたのかしら。

「ねえ、清水なんか機嫌悪い?」

「俺も思ってた。今日は朝からなんか機嫌悪そうだよね」

「水城の弁当がマズいんだろ。水城はハッキリ言わなきゃ分かんねーから、ガツンと言った方がいいぞ、清水」

 失礼な。私が機嫌悪くなるわ。高橋は本当に高橋ね。


 清水くんがキョトンとこちら側に座る面々に答える。

「いや、弁当うまいっすよ。不満があれば言いますし」

「じゃあ、なんで機嫌悪いんだよ」

「え? 機嫌悪くないですよ。こないだテレビで釣り見ておもしろそうだなって思ったところだったんで、おふたりの話聞いてただけです」

「テレビ見るようになったんだ?」

「うん。茉悠さんドラマとかバラエティとかけっこうテレビ見るんだよね。一緒に見てる」

「電気代のかかる女だな。いいのか、清水」


「毎週見てたドラマの続きを見るなって言いだしたら、もうDVじゃないっすか」

 清水くんが笑うと、さくらと片橋くんは驚いたようだ。

「あ、笑った」

「え?」

「片橋、高橋、尾崎。清水が笑ってないから不機嫌だなんて決めつけるものじゃない。お前たちだって機嫌が悪くなくても常に笑ってる訳じゃないだろう」

 厳しい表情の恵利原部長が諭すように三人の顔を見渡す。


「でも、清水は……」

 そうね。言いたいことは分かるわ、さくら。清水くんは常に笑ってたわね。

「人生を変える出会いってあるよね。人だったり、職業だったり、スポーツだったり。その出会いがパートナーとなったり夢になったり生きがいになったりして、人生を動かしてくれる。清水くんにとって水城さんとの付き合いは、ひとつの人生の転機だったんだよ」


 転機……私こそ。私こそ清水くんと出会えたことは、大きな人生の転機だわ。

 清水くんと出会えて良かったって、心から思う。


「ふたりが付き合い始めたおかげで、うちの清水がお世話になってますーって俺たちが話するきっかけにもなったしな」

「そうそう、こちらこそうちの水城がお世話になってますーってね。プライベートな話なんかする機会もなかったのに、どう繋がっていくか分かんないもんだよね」

「あ、そうだったんですか。急にエリーヨリーな関係になってるからびっくりしましたよ」

「いくつになっても親友ってできるもんなんだよ」

 いつの間に親友にまでなってたのかしら。


 私と清水くんの出会いが頼野さんと恵利原部長が仲良く釣りに出かける結果につながるなんて、本当に分からないものだわ。


 なんとなく清水くんを見ると、目が合った。

 清水くんがはにかむ。

 なんだか照れくさい。でも、なんだかうれしくて笑い合う。私の好きな、温かくて穏やかな空気が広がって行く。


「ポワ~ンとした、似た者同士なのかもね」

 さくらがほのかに呆れたように微笑んだ。

「落ち着くべき所に落ち着いたってことですよ! 高橋さん!」

「なんだよ、いきなり! 尾崎俺に当たり強すぎだろ!」


「似た者同士で言うなら、尾崎と高橋さんもテンション高めで声デカいとことか似てますよね。案外お似合いなんじゃないですかー」

 片橋くんの分かりやすい冗談に、さくらが分かりやすくショックを受けている。あら、真に受けることないのに。


 さくらを見ていた高橋がゆっくり片橋くんをにらんだ。

「まったく、お前は……片橋は本当に片橋だな」

 何の話か分からないけど、とりあえず高橋に言われるようじゃおしまいね。がんばって、片橋くん。

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