第46話 ナチュラルモードなキヨミズくん

「なるほどねえ。まあ、誰しにもあるものだよね、二面性って。うまく隠してたものだよ、全然気付かなかった」

「朝から変な相談してすみません」

「いやいや」

 小会議室にて、頼野さんが笑った。清水くんもすみません、と頭を下げる。


「たしかに、高校生の描く社会人像だと隠した方がいいって思うのも分かるよ。でも僕は水城さんに賛成だなあ。清水くんまだ24だろ? 定年は60歳だし、うちは再雇用制度もある。これまでの清水くんの人生よりも長く会社員人生は続くんだよ」

「はい」

「なるべく無理をしないことは大事だよ。疲れて清水くんに退職されたら僕も水城さんも寂しいよ」

 首を上下に激しく振って同意を示す。

 そう! 私もそれを言いたかったの。さすがは頼野さん、説得も上手だわ。


「でも……大丈夫でしょうか」

 何が、とは言わず清水くんが不安げな顔になる。

「ああ、エリー? 大丈夫大丈夫、僕に相談したことは言わずにかわいく打ち明けてごらん。部下に頼りにされて気を悪くする上司はいないよ。今僕も上機嫌だから」

 あっはっは、と笑う頼野さんに私も一安心だ。頼野さんに大丈夫だと言われると大丈夫だろうって気になる。

 清水くんも弱々しいながら笑顔を見せた。


「僕今からエリー呼んで来るから、最後の名演技を見せてやってくれ!」

「いや、演技をしてた訳ではないんですが」

「あ、そうか」

 どうしてもはじめは清水くんがどういう状態なのか分からないわよね。私は二重人格との違いがよく分からなかったわ。


「じゃあ、水城さんも自席に戻ってて」

 頼野さんが立ち上がる。

「はい。清水くん、がんばってね。かわいくだよ」

「かわいくったって……俺わざわざかわいくしたことなんかないんだけど。できるかなあ」

「大丈夫、すでにかわいいから」

「それ、うれしくないんだけど」

 不満そうにほっぺたを膨らませる清水くんがかわいい。


「ありがとうございます、頼野さん」

 会議室を出て、廊下を歩きながら声をかける。

「どういたしまして。水城さんが気付いてあげられて良かったよ。清水くん本人はもう慣れちゃって何とも思わないんだろうけど、相当なストレスだったと思うよ」

「あっさり受け入れてたけど、頼野さんにもあったりするんですか? 二面性」

「あるある。僕野球が大好きでさ。野球見てる時は人格変わるってよく妻に言われるよ。そのせいで子供が野球嫌いになっちゃって」

「えー、想像つかないですね」

「子供とキャッチボールするのが夢だったのにさあ。無意識なものを我慢して抑えるって難しいよ」


 子煩悩な頼野さんでも難しいんだ……それを清水くんは6年もやってのけてたのか。改めて、すごいわね。


 今日から11月に入った。私の仕事は月初が一番忙しい。席に戻って無心で締め作業を進めていると、

「ヨリー、会議室空いたよー」

 と恵利原部長が総務の部屋に入って来た。入り口に立つ清水くんを見ると、親指を立てて笑っている。あら、グッドだわ。

 良かった。私も笑顔を返す。


「よし、行こう、清水」

 恵利原部長が励ますように清水くんの頭をポンポンと軽くたたきながら総務を出て行く。良かった、バッチリかわいくできたみたいね。

「え、何あれ」

 さくらが唖然としてるのを見て、思わず笑ってしまう。


 お昼休み、いつものように頼野さんとさくらとでお弁当を食べていると、珍しく恵利原部長が営業若手三人衆を引き連れて食堂に入って来た。

「お! エリー、珍しいね」

「ああ、ヨリー。横いい?」

「うん、おいでおいで」

 いつの間にこの部長たちはこんなに仲良くなったのかしら。長年交流が不足している総務と営業なのに。


 恵利原部長が並んで座る私とさくらの後ろを通りすがり、

「こんなべっぴんさんとメシ食えるなんてラッキーだなあ」

 と言いながらさくらの肩をもんだ。

 いつものようにさくらが死んだ魚の目になってやり過ごしていると、

「それセクハラですよ、恵利原部長。ですよね? 頼野さん」

 と清水くんが無表情で言った。


「そうだよ、エリー。セクハラ講習でやったじゃん。かわいい部下に何してくれてんの」

 え? え? と恵利原部長が頼野さんと清水くんを見て、仏頂面になる。

「訴えられたら大変ですよ。尾崎やりかねないから、もうやめてくださいね」

 いつものようにワンコかわいく、清水くんが優しく笑って穏やかに言った。つられたように恵利原部長も笑う。

「あ……ああ、そうだな。悪かったね、尾崎さん」

 さくらの大きな目がひんむかれたくらいに見開かれた。あら、せっかくのべっぴんさんがおもしろい顔になってるわ。


 テーブルを回って恵利原部長が頼野さんの隣に座る。その隣に清水くんが座り、こちら側さくらの隣に片橋くん、私の隣に高橋が座った。

「何? どうかしたの? 清水」

 さくらが小声で聞いてくる。しっかり者のさくらがこんなに戸惑ってるなんて珍しくて、笑ってしまう。

「何もなくなったから、ああいうことも自分の意志で言えるようになったのよ」

「茉悠ちゃんに聞いても無駄かあ。もう意味分かんない」

 ふふっ。私もはじめは意味分かんなかったけど、清水くんってこういう子なの。そのうち慣れるから大丈夫。

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