第42話 新生活1日目の朝
目が覚めた瞬間、違和感がすごかった。
修学旅行なんかで、いつもと違う部屋で目覚めたような。
体を起こすと、本当にいつもと違う部屋だった。
あ、そうか。私清水くんの部屋に引っ越したんだった。
首を90度右に向けると、清水くんが眠っている。
清水くんは犬だのライオンだの気にしてるみたいだけど、こうしてただ寝てるとただ清水くんだ。かわいい。
清水くん、何時に起きるのかしら?
まあ、アラームか何かセットしてるだろうからいいか。
営業さんはなぜか出勤が早いから、あまり時間がないかもしれない。キッチン行こ。
適当に布団をたたんで、キッチンへ行きなるべく音を立てないように気を付けながらフライパンで食パンを焼き、同じフライパンで目玉焼きを焼く。
スーパーで自分で食パンをカゴに入れてたけど、トースターがないってことは清水くんは普段食パンをそのまま食べていたのかしら?
ベッドの方からキーンコーンカーンコーンとチャイムの音がした。何かしら?
「んあ~」
と清水くんが目覚めた声がする。え、今のチャイムがアラームだったの?
「おはよう。茉悠さん」
眠そうに目をこすりながら清水くんがやって来る。大きいのに本当に子供みたいだな。ふふっと思わず笑ってしまう。
「おはよう。眠そうね、早くに寝てたのに」
「え……あ、うん。顔洗ってこよ」
スーツを出して洗面所へと消えていく。
テーブルに目玉焼きを載せたトーストを置いたら、いつものスーツ姿で清水くんが戻って来た。着替えも早いのね。
「え! 朝ごはん作ってくれたの?!」
「うん。作ったってほどのものでもないけど」
「ありがとう! いただきまーす」
手を合わせて食べ始めた。私はキッチンに戻り、買い物袋にタッパーとビニール袋に入れた清水くんのお箸を入れてキュッと結ぶ。
「行ってきまーす」
早! 清水くんが靴を履く玄関へ慌てて行く。
「清水くん、あの、時間あったら食べて。お弁当箱なかったからタッパーだけど」
「え! お弁当まで作ってくれたの?!」
こちらが驚くくらいびっくりしている。残念ながらそんなに驚かれるような中身ではないわ。
「私毎日お弁当作ってるから、ついでに。営業さんってお弁当食べてるイメージなかったからどうしようか迷ったんだけど」
「ありがとう! 絶対食べる!」
うれしそうに袋を受け取ってくれる。良かった、迷ったけど作って。
「あ、そうだ茉悠さん、鍵」
靴箱の上に置いている鍵を渡してくれる。
「ありがとう。会社で返したらいいかしら」
「茉悠さんの方が帰って来るの早いでしょ。持ってて。合鍵作らないとね」
え……合鍵……。
「行ってきます!」
「い……いってらっしゃい」
笑顔の清水くんにぎこちなく笑顔を返すけど、言い慣れないものだからなんかムズがゆくて恥ずかしくてうれしくて笑ってしまいそうになる。
バタンと扉が閉まった。
私今日、仕事が終わったらここに帰って来るんだ。
「あははははは」
清水くんは出勤したし、思う存分笑って気持ちを落ち着けよう。
1時間ほど遅れて私も家を出る。
会社までは30分くらいで着いた。前の家より早い。乗り換えがないっていうのが大きいわね。
「おはようございまーす」
総務の部屋に入ると、すでに部長の頼野さんと30代正社員の友坂さん、ベテランパート阿部さんが席に着いている。
自分のデスクに水筒を置き引き出しにお弁当を入れてすぐさま立ち上がり、部長席へ向かう。
「おはようございます。引っ越したので転居届をください」
「おはよう。へえ、引っ越したの?」
「はい、昨日」
「引っ越しって大変よねえ。ダンボールの始末とか片付けとかとにかく時間がかかるのよ」
阿部さんが話に入って来る。
「ダンボールは使わないかな。片付けが大変そうです」
「新居の動線が分からないうちに片付けると不便だったりするから、少し生活してからの方がいいかもしれないわよ。でも時間が経つとダンボールから出すのも面倒になっちゃうのよねえ」
あははははは、と高らかに笑っている。
「新居の片付けはもう終わってるんです」
「え? 前の部屋の片付けが大変ってこと?」
「そうなんですよねえ。ほっといちゃダメなのかしら」
「おはようございまーす!」
と元気にさくらが出勤してきた。
「おはよう、さくら」
「おはよう。はい、届」
「あ、ありがとうございます」
転居届を受け取り、席で記入していく。
……あ。清水くんのマンションの住所を聞いてないわ。
動きの止まった私をさくらがのぞき込む。
「どうしたの? え! 茉悠ちゃん引っ越ししたの?!」
「あ、そうなの。昨日。でも住所が分からないわ。清水くんまだいるかしら」
「え? 清水? なんで?」
「失礼しまーす」
清水くんの声がして顔を上げた。
おはようございまーす、と口々に言う中、
「おはよう、清水くん! 今日もかわいいわね、こっちおいでー。アメあげよう」
と阿部さんが笑顔で手招いている。本当に清水くんを見るとアメくれるんだ。
ありがとうございますー、と受け取った清水くんがアメを揺らしながらこちらに来る。
「ね?」
「うん」
思わず笑ってしまうと、コソッとアメを私の手に載せる。
「茉悠さん、住所分かんないんじゃないかと思って」
「そうなの。今ちょうど聞きに行こうとしてたところ」
「やっぱり! 茉悠ちゃん、清水の家に引っ越したんだ?!」
椅子から立ち上がってさくらが大声を出した。つられたのかみんなも大声でええ?! と叫んだ。
「やっぱり?」
「茉悠さん、もう何か言ったの? やっぱり自分で言っちゃうんだね」
「言ったかしら?」
まるで覚えはないけど、清水くんが言っていたように同じ家で暮らしながら隠すことって難しいのね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます