第41話 ままごと生活

「いただきまーす」

 清水くんとふたりして、手を合わせる。なんか、おままごとみたいで、くすぐったい照れくさい笑いが込み上げる。


「あはははははは」

「え? どうしたの? 急に」

「なんかおもしろくなっちゃって。どうかな? ハンバーグ、できてるかな」

「うん! 美味しい!」

 かわいい笑顔で嬉しそうに頬張ってる。良かった、ちゃんと中まで火が通っていそうだわ。


「来週再来週の土曜と日曜で茉悠さんの部屋を片付けるからね。今月中に部屋の中身を空っぽにするよ」

「空っぽにするの?」

「逆にどうするつもりだったの」

 あのままほっといて帰らなきゃいいのかなあって思ってたわ。


 ごはんを食べ終えたら、お風呂の給湯ボタンを押した清水くんが

「俺洗い物しとくから、茉悠さんお風呂どうぞ」

 とキッチンに向かった。


「え? 洗い物してくれるの?」

「料理はほとんど手伝えないから、後片付けくらいはね」

 こちらから頼まなくても自分からやってくれるなんて……会社ではただかわいい子だと思ってたけど、共同生活を送るにあたり、清水くんってもしかしたらかなりの優良物件じゃないのかしら。


 料理も手伝ってくれてたし。

 案外大ざっぱでレタスの大きさはマチマチだったけど、神経質よりその方が気が楽でいいわ。


 鼻がムズムズしてくしゃみが出た。ティッシュを取って鼻をかみ、丸めてテーブルにポイッと置いたのを私のお皿を取りに来た清水くんが

「こら! 鼻かんだティッシュをそこら辺に置かないの! ゴミ箱に入れてよ、すぐそこにあるんだから」

 と注意してきた。あ、わずかでも動くのがめんどくさくてつい。

 もうそこら辺にポイポイするのがクセになってるのかもしれない。


「そういう積み重ねであの部屋が出来上がった訳か。俺あんな部屋に住むなんて無理だからね。その散らかしグセだけは直してもらうからね」

「えー、めんどくさそう」

「ついでに言わせてもらうとさ、食べた食器を流しに運んで水につけとくとこまではやってくれる?」


 それもめんどくさいんだけど、優しい笑顔で言われて思わず

「うん、分かった」

 と、つられて笑顔になって言ってしまった。


 あら、困るわね。あんな笑顔で言われたんじゃついつい何言われても「うん」って言ってしまいそうだわ。

 めんどくさい要求は控えていただきたい。


 お風呂から上がると、入れ替わりに清水くんがお風呂に行った。

 はー、ひとりの時間が久しぶりな気がするわ。突然ひとり暮らしが終了して、ふたりで買い物行ってごはん食べて……。


「あはははははは」

 あー、またなんか照れくさくなったけど、ひとりで笑ってるってもう危険な人だわ。スキンケアでもしながら落ち着こう。


「何ひとりで笑ってるの? まるで危険な人だよ」

「え?!」

 振り向くと、ロンTにゆるいズボンでリラックスモードなメガネをかけていない清水くんがタオルで頭を拭きながら戻って来ている。


「もう上がったの?!」

「うん」

 早すぎない? ちゃんと洗ったのかしら?


 テーブルの上に置いていたメガネをかける。

「メガネ、好きじゃないんじゃなかったの?」

「うん、苦手。でも外しちゃうとほとんど見えないんだよね」


 やっぱり、あの夜もほとんど見えてなかったのかな……。

「俺、今茉悠さんが何思い出してたか分かったかもしれない」

「え! 言わなくていいからね!」

「えー、俺言いたいのにー」

 清水くんが笑いながらまた洗面所へと戻って行った。

 こんなドキッとするようなことを言い出したりもするのね、清水くん。


 ワンルームの部屋に、シングルベッドがすでにある。テーブルを壁に立てかけてスペースを作り、ベッドの隣に布団を敷く。

「なんとか寝れそうかな」

「そうね」


 今日は、なんやかんやで疲れたなあ。まだいつもなら起きてる時間だけど、横になったら眠れそう。

 でも、私が寝るって言ったらワンコかわいい清水くんは眠くなくても電気消して寝ようとしてくれそうだわ。


「あー、ねみ。茉悠さん、俺もう寝るわ。寝る時に電気消してね」

「え、あ、私も寝よう」

「いいよ、合わせなくても。俺明るくても眠れるし」

 と言いながらメガネを手にキョロキョロしてる。そうか、お風呂に行く時に置いてたテーブルのあの辺りがメガネの定位置だったのね。

 テーブルを立てかけちゃったから置き場所に困っている。ベッドに置くことにしたらしい。


「私も今日は疲れたみたい。いつもはまだ起きてる時間なんだけど」

「そりゃ疲れたよね。俺も思い切った行動をしたもんだなあって、今更ながら思うよ」

 清水くんが笑った。うん、ほんと、思い返せば私も職場放棄なんて社会人にあるまじき思い切ったことをしたなあ。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

 電気を消して、布団に入る。あら、新しい布団、いい感じだわ。

 目を閉じたら、やっぱり眠れそう。


 清水くんは会社ではワンコな面しか見せてなかったからそのイメージがまだ強いけど、俺様な面の方が強いって言ってたものね。私もそこまで気を遣わなくても大丈夫なのかもしれない。

 私に合わせようとしないで、自分のペースで過ごしてくれると気が楽だわ。


 んー、なんだか、眠れそうで眠れない。

 結構な時間、じーっと目をつぶっているけど、眠りに落ちそうで落ちない。

 すぐ隣のベッドに清水くんが寝てると思うと、どこか緊張してるのかも……。


 あ、清水くんはもう寝入ったみたいね。寝返りでも打ったのか、清水くんの手が包み込むように私の頭に落ちてきた。

 ……あー、なんか、余計に緊張する。頭を動かせない。これじゃあ、眠れない。


 もう清水くんは寝てるんだから、多少動かしたって平気よね。

 清水くんの手を握ったら、温かくてこの手を握りながらなら眠れそうな気がする。両手で清水くんの手を挟んでみる。うん、眠れそう。

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