第38話 キヨミズくんの意思確認

 清水くんの部屋は、広さはうちとたぶん大差ないけど、物がなくてとてもスッキリしている。同じひとり暮らしだとは思えない。

 すごいなあ、清水くんは。


 天井のリモコンを仰ぎ見ようとして、なくなっていることに気付いた。

「清水くん、リモコンは?」

「テーブルの上に置いてあるよ」

「テレビ見るようになったの?」

「俺はもう見ない生活に慣れてるけど、茉悠さんは見たいかと思って」

「でも、電気代がかかるのに」


 清水くんが笑った。

「ほんと、すーぐ、でもって言うよね。俺が勝手に連れて来たんだから、俺の生活に合わせろなんて言わない。電気代より、快適に暮らせることの方が大事でしょ」

「勝手にって……私の方が助けてもらったのに」

「それより俺、まだ茉悠さんに言いたいことと聞きたいことがある」

「……何?」

 もう、聞かれたくないことも言いたくないことも特には思いつかないわ。


 私の前に立った背の高い清水くんを見上げる。えーと、となんだか歯切れが悪い。どうしたのかしら?

「あの……茉悠さん、俺……」

 俺? 言いにくそうに、俺?


 ……ああ、例の話かしら。

「いいよ、言わなくても分かってる」

「え?!」

 清水くんがものすごく驚いてるみたいだわ。私はそこまで鈍くない。

「だって、そうでもないと私に店を辞めさせたりここに連れて来たりしないでしょう」

「あ……そっか、そうだよね。分かるよね」

 赤い顔をした清水くんが照れているようだわ。そうか、男の人もそういう話を面と向かってするのは恥ずかしいものなのね。


「茉悠さんは? その……俺でいい?」

 おずおずと自分を指差している。

 私に拒否権なんてあるはずないのに確認してくれるなんて、本当にどこまでも優しい子だわ。

「もちろん」

 うれしそうに笑った清水くんがそっと優しく抱きしめてくる。


「シャワーは? どこ?」

「え? シャワー?」

 また驚いた様子の清水くんが私の顔を見る。

「え……いきなり?」

「いきなり? 他の店は知らないけど、シャワーを浴びるのが第一段階なの」

 眉間にシワを寄せ、清水くんが険しい表情に変わる。


「ちょっと待って茉悠さん、分かってるって、何を分かってるの?」

「200万円を立て替える代わりに、私に店のサービスをさせるためにここに連れて来たんでしょう」

「違う! 俺をどんな鬼畜な腐れ外道だと思ってんだよ! さすがにそれは怒るよ!」

「清水くんを鬼畜な腐れ外道だなんて、思ってないよ」

「あーもう! どんな方向に突っ走ってくか分かんないなー、もう! 俺、そんなことさせたくて茉悠さんをここに連れて来たんじゃねーんだよ!」


「私はそれでもうれしいって思ってるよ。途中までは完全に清水くんに流されてたけど、ここに来たのは自分の意志でもあるの」

「え……それって茉悠さん、俺のことを……?」

「うん、感謝してる。そんな役目でも与えてもらえることで、私の存在意義が生まれるんだから」

「そんなところに自分の存在意義を見出さないでくれる?! そんなこと言うんなら、俺絶対茉悠さんに手ぇ出さない! 部屋せまいし金もったいねえから同じベッドでもいいかと思ってたけど、布団買ってくる!」


 ものすごい勢いで清水くんが部屋を出て行ってしまった。

 言いにくそうだったから代わりに言っただけなのに、どうして清水くんはあんなに感情が暴走していたのかしら。どうしたんだろう、珍しい。


 しばらく呆然としていたけれど、片付けでもしておこう。

 あ、私の物をどこにしまえばいいのか聞いてないわ。でも、調理器具はキッチンでいいんじゃないかしら。


 小さなキッチンの収納扉を開ける。何にも入ってないわね。そう言えば、みんなと前に遊びに来た時にここから出した卒業アルバムもなくなってるわ。


 適当にしまい込んでいっていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。あら、来客かしら。

 家主である清水くんはただいま外出中だ。軽く無視する。

 でも、ピンポンピンポン、中にいるのは分かってるんだぞってくらいに鳴り続けている。


 どうしよう……出た方がいいのかしら?

 出たところで、今まさに越してきたばかりの私が絶対に対応できる相手ではないんだけど。清水くんが新聞を取っているのかどうかすら知らない。


 でも、私もこれからここに住むなら出た方がいいのかもしれない。

 ちゃんと自分で考えよう。出るべきか、出ないべきか。

 ピンポンピンポン、出てくるまであきらめないぞって気合いを感じるほどに鳴り続けている。

 よし……出てみよう。

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