第36話 ワンコ系男子の理解されない悩み

 電車に乗ると、車内はそこそこ混んでいる。

 清水くんとふたり、ドア付近に並んで立つ。


「やっかいな性格ではあるけど、でも人格はひとつなの。何者にも乗っ取られてないよ」

 分かりやすくカラ元気で笑う。さっきの悲しそうな表情の方が本音なんだろうな。

「自分の中にもうひとりの自分がいる、みたいな感じなの?」

「それ二重人格じゃん」

「あれ? あ、そっか」


 考えているうちに二重人格がゲシュタルト崩壊してきたわ。二重人格って、そもそも何だっけ?


「二重じゃなくて、二面なの。誰にでも二面性ってあるでしょ。茉悠さんだって、風俗辞めたい面とお金が必要だから続けたい面とあったでしょ」

「ああ、辞めたいと続けたい、反対だけど、どちらも私は私ね」

 なんとなく、少しつかめた気はする。

 やっぱり、俺様男な清水くんもワンコ系男子な清水くんも、清水くんは清水くんなんだ。清水くんに嘘なんてなかったんだ。


「なんかお得感あるね。一粒で二度おいしい、みたいな」

「お得感って! 初めて言われたー」

 あははは! と豪快に笑う。あら、良かった。この笑顔はカラ元気なんかじゃなさそうだわ。


「でも、二面だなんて全然気付かなかったわ。お酒を飲んだら性格が変わるってさくらたちも言ってたし」

「そりゃー、社会人が二面性の強いわがままじゃダメでしょ。会社ではうまく隠してたつもりだったけど、酒飲むとどうしても出ちゃうんだよね。だから外ではなるべく酒飲まないようにしてた」

「……隠してたの?」


「そりゃー、よく分かってるから。いつも求められるのは主人に従順な犬の方なんだよ。わがままで自己中なライオンの面は人に嫌われるからね」

「嫌われる?」

「俺、二面性とか半々みたいに言いながらわがままの方が7-3で勝ってるって自覚してるし。茉悠さんも今日の俺はイヤでしょ。ほんと、やっかいな性格だよ」


 ……清水くん、自分のやっかいな性格に悩んでるのかしら。

 誰からもかわいがられているようにしか見えなかった清水くんが、人に嫌われた経験があるんだ……悩む必要なんてなさそうに見えても、誰でも人知れず悩みって抱えているものなのかしら。


 清水くんをわがままだなんて思ったことはない。今日だって。

 強引だから、わがままな印象になっちゃうのかな。それで、嫌われちゃうのかしら……。

 でもこれくらい強引じゃなきゃ、私はきっといつまでもやんちゃなタイガーから離れられずにいただろう。


「私はしっぽ振ってついてくるようなワンコより、今日みたいな方が好きだよ。ありがとう」

「え……」

 清水くんが私の顔を見て珍しく口ごもる。

「あ……ありがとう」

 なぜか赤くなって、照れくさそうに笑った。どこがわがままなんだろう。やっぱりかわいい。


 電車を降りると、駅前のコンビニを見た清水くんが

「あ、まず金おろして完済しとくか。あー、でもコンビニって一度に200万もおろせなかった気がする。あちこちでおろしたんじゃ不審に思われるかな。一刻も早く完済したいけど、明日外回りの途中で金おろすか」

 とブツブツ言っている。


 お金……本当に私の借金を立て替えるつもりなんだわ。200万なんて大金を、どうして会社の同僚でしかない私なんかのために……。


 会社関係でも、この前の交流会までまともに話したことすらろくになかった。

 それこそ、清水くんが酔っ払うと話しているらしいキヨミズをシミズだと間違えて覚えていたのが露見した時くらいなものだったわ。


 会社関係以外でだって、清水くんが彼女にフラれてヤケになってたあの夜に偶然会って一晩過ごしたくらいで……あ、そっか。そういうことか。


 フラれてしまった彼女を忘れられない清水くんは、新しい彼女を作るに至れない。男の人は、気持ちは彼女にあっても体は別なのかもしれないわ。

 だからこそ、やんちゃなタイガーみたいなお店が成り立つんだもの。お客さんたちは、お店の女の子たちが好きだから来る訳じゃない。指名しなきゃ、どんな女の子が出てくるのかすら分からないんだから。


 お金をもらってお客さんにサービスを施していた私は、彼女を忘れられない清水くんにとってちょうどいい存在なのかもしれない。

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