第34話 キヨミズくんの提案

「借金、いくらあるの?」

 ああ、清水くんの優しい笑顔と発言内容がまるで一致しないわ。

「なんで、そんなこと……」

「いいから、教えて」

 優しく言われると、なんだか逆に逆らえない。


「200万弱くらい……」

「え……なんでそんなに……」

 清水くんが絶句している。


 なんでなのか、私にもよく分からないのよね。

 たしかに初めは、ケイ様に出会って夢中で通ったらお給料日直後なのにお金がなくなってることに気付いて、家賃分と当面の生活費にと20万円借りた。

 でも、その後はケイ様に会いに行くために5万円とか、生活費が足りなくなって3万円とかで大きな金額は借りていない。

 なのに、いつの間にか軽く100万円を超えていきあっという間に200万の壁にも差し迫っていった。


「俺がその200万を立て替える。一括返済して、茉悠さんは俺に金返して」

「えっ……立て替えるって、そんなことしてもらえないよ!」

「今茉悠さんが住んでる部屋を解約して、俺ん家に来て。家賃や光熱費を折半してもらえたら俺の負担が減るからまた金貯めればいい」

「俺ん家って……行けないよ! 清水くん、何言ってるの?」

「茉悠さんこそ、何やってるの? 200万なんて、いくらこの店で働いたって会社員やりながら返せる金額じゃないだろ。いつまでもズルズル風俗嬢を続ける気かよ。借金は完済して、生活を立て直さないと」


 正論すぎて、何も言い返せない。たしかに私は、毎月の支払いが余裕をもってできるようになったことに満足していて、すべてを返済することなんて考えてもなかったかもしれない。


「でも……200万なんて大金だよ。清水くんに立て替えてもらうなんて、できないよ」

 清水くんはお金を貯めてるとは言ってたけど、それは親御さんへの感謝の気持ちだ。そんな大切なお金、返すとは言え手を付けさせることなんてできない。

「大丈夫。俺1000万を目標に貯めてるから200万くらいすぐ出せるよ」

「ダメだよ、その200万もご両親のために使って」

「あ……」


 初めて清水くんの表情に戸惑いが明らかになった。どうしたのかしら?

「いや……本当に大丈夫だから」

「ごめんなさい、私のために言ってくれてるのは分かってるんだけど、それは本当にできないの」

「茉悠さん……」

 清水くんが困っている。ごめんね、かたくなで。でも、清水くんのご両親への感謝の気持ちを私なんかのために使ってもらうことなんてできない。


「茉悠さんのご両親だって、娘がこんな仕事してるって知ったら悲しむよ。ご両親は知らないんだろ?」

「それなら大丈夫。私両親ともいないから」

「え? どういう意味? 絶縁したの?」

 絶縁? どういう発想かしら。そう言えば、この年で両親共にいないってレアケースだったんだわ。


「私、1歳の時に肺炎になってけいれん起こして救急車で運ばれて入院したらしいの。容体が落ち着いてから両親は入院準備のために一旦帰宅して車で病院に戻ろうとしたんだけど、途中で事故に巻き込まれて亡くなったみたいなの」

「……え……」

 清水くんが絶句している。ごめんね、驚かせちゃって。


「1歳の時って……」

「あ、大丈夫。孤児のための施設があるの。ひとりで生きてきた訳じゃないし、周りの大人みんな優しくしてくれて特に孤独でもなかったから心配しないで。私自分の部屋でアニメばっかり見てるような子だったから家族がいても特に変わりなかったと思うし」

「孤児?」

「うん。両親は親戚付き合いとかしなかったみたいね。私、親戚だって人にひとりも会ったことないから」


「え……もしかして、天涯孤独ってやつ?」

「そうね。正真正銘の天涯孤独ね」

 清水くんが真剣な目で私を見ている。

「茉悠さん……天涯孤独に育って、こんなに天………………――天真爛漫に……」

 今の長すぎる間は何かしら。何か違う言葉を言おうとしたんじゃないかしら。


 プルルルル、と受話器が鳴る。

「はい」

「30分過ぎてるよ。珍しいよね。トラブル?」

 あ、もう30分過ぎてたんだ。

 トラブル……ではない。清水くんはトラブルを起こすような客じゃない。


 私にこの店を辞めてほしいって言ってたけど、借金にまみれた孤児の私の話を聞いてまだそんな気持ちがあるものかしら。

 ……ううん、無意味な期待はするものじゃないわ。

 清水くんが薄情なんじゃない。私だ。私は、清水くんの優しさを受けとめられるような人間じゃない。

「帰ってもらいます」


 受話器を置いて、清水くんと向かい合う。

「清水くん、時間だよ。帰って」

「じゃあ、茉悠さんすぐに着替えて。私服ってこの部屋にあるの? どっか更衣室かなんかあるの?」

「え? ベッドの下にあるけど」

「ベッド?」


 清水くんがベッドの下から私物を入れたカゴをベッドの上に出す。

「俺、着替えてるところ見てていい?」

「えっ……ダメだよ!」

「えー。しょーがないなー、急いで着替えてねー。1分後には俺振り向くからね」


 清水くんが私に背を向けた。

 ……え……どうしよう。1分って……とりあえず後ろ向いてくれてるし、着替えるか。


「着替えた? はい、バッグ。他に私物は?」

「ないよ」

「よし、行こう!」

 清水くんが私の手首をつかんでドアを開け廊下に出る。幸い廊下に誰もいなくて良かった。


 フロントには健太さんがひとりで立っている。清水くんに引かれて出て来た私を見て驚いている。

「え、何してんの?」

「辞めさせます。この人の写真出して」

「げ、マジか。そのためにオープンそっこーで予約したの? お兄さん、昨日のバツの人だよね? これは何かあるなとは思ったんだよ」

 しゃべりながらも健太さんがポラロイド写真を出すと、清水くんがすぐさまジーンズの後ろポケットに入れた。


「俺が見つけた女の子勝手に連れて行かれたんじゃ困るんだけど」

 健太さんが料金表の「店員が見つけた選りすぐり美女のみが在籍」の文字を指差してヘラヘラと笑っている。

 え! あんな文言書かれてたの? あちこちでハードル上げてくるわね。迷惑だわ。


「あんたが招いたのか……」

 びっくりした。清水くんがあんたなんて言うの、初めて聞いた。清水くんが人をにらんでいるのも初めて見る。

 お酒を飲んでいる様子もないのにさっきも俺様全開してたし……この人は本当に、あの清水くんなのかしら。

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