第32話 予約される私

 さわやかな秋晴れの日曜日、朝から風俗店へと狭い白い階段を上る。自動ドアから店内に入ると、健太さんがヘラヘラとしたいつもの笑顔でフロントに立っている。

「おはよう、シュウちゃん」

「おはようございます」

「シュウちゃん、オープンそっこーで予約入ってるよ」

「予約?」


 初めてこの店で予約なんて単語を聞いた。

「ネット予約で指名が入ってるの」

「ネット予約?」

 へえ、私もアニメのDVDをネット予約したことはあるけど、私が予約されるなんて変な感じ。

 唯一私を指名してくれたあのお客さんが予約してくれたのかしら。私なんてわざわざ予約しなくてもむしろいつでも空いてるのに。


「仕事が立て込んじゃってすっかり夜遅かったのにさー、出勤予定あげたらすぐさま予約入ってびっくりしたよ。待ってたんじゃねーかってくらい即だったよ。あんなん初めてで笑ったわ」


 笑うんだ。何がおもしろいのかしら。


「深夜だったし、もしかしたら誰かと間違えたのかもしれないね」


 そんなに遅くまで仕事してたなんて、楽で役得な仕事に見えてけっこう大変なお仕事なのね。


「おはよー、シュウちゃん!」

 朝から元気いっぱいに大きな声で向こうから大量の白いバスタオルを抱えた中條さんが歩いて来る。

「おはようございます」

「すげーじゃん、予約入ったんだって?」

「すげーんですか? 予約って」

「シュウちゃんもホームページに写真載せようか。顔は出さなくていいからさ。OLさんだと顔出しはNGなんでしょ?」


 写真? 高橋がチェックしてるこの店のホームページに、写真?

「絶対に無理です」

「俺、シュウちゃん手ブラがいいと思う。バックショットで手ブラで振り返り系」

「振り返っちゃったら顔どうすんだよ」

「髪長いから、ブワッとさせたらうまいこと顔隠れねえかな」

「いいじゃん、健太。それカッコいい! それいっとこ」


 勝手にどんどん話が進んでいくわ。私、無理だって言ってるのに。

「乗せるのがうまいおもしろいカメラマンだからさ、絶対自分で思ってるよりいい写真が撮れるよー。楽しみにしてなよ」

 健太さん、聞いてた? 私無理だって言ったんだけど、え、カメラマン?

「カメラマンって?」

「プロのヘアメイクにメイクしてもらって、プロのスタイリストが衣装選んでプロのカメラマンにスタジオで写真撮ってもらうんだよ。写真の出来で売り上げが変わってくるからさ、みんなすげー気合い入ってんの。なかなかプロに本気出してもらう機会なんてないから楽しんでおいでよ。スタジオに連絡しておくからさ」

 中條さんが連絡先一覧をもう手にしている。


「俺ついて行くよ。ひがしさんと最近会ってねえからさー」

「店が混まないうちに、なるべく早い時間がいいな。予約のお客さんが終わったらすぐ撮りに行こう」

 プロのヘアメイクにプロのスタイリストにプロのカメラマンにスタジオ? なんかすごそう。奇跡の一枚が撮れるかしら。


 健太さんが写真指名用の写真をアルコールをしみこませた布で丁寧に拭いている。

「ついでに写真指名用の写真も撮ってもらおうか。いつまでもポラってのもねー」

 私のポラロイドも恐縮するくらい丁寧に拭いてくれる。他の女の子の写真を見ると、ドレスや浴衣やほとんど裸みたいな子もいるけど、みんなキレイだわ。

 プロの手にかかったら、私でもキレイに撮ってもらえるのかしら。ちょっと楽しみになってきた。


 個室に入り、簡素な白いワンピースに着替える。昨日はほとんど一日こち亀読んでたけど、今日は忙しくなりそう。

 楽しみだなあ、スタジオってどんな感じなのかしら。


 ワクワクしながら鏡を見る。相変わらずシンプルなお顔だわ。これがプロの手にかかったら他の女の子たちみたいにキレイになれるのかしら。


 鏡の隣のモニターの隣の受話器からプルルルルと音が鳴る。

「はい」

「シュウちゃん、ご指名のお客様です。お出迎えお願いしまーす」

「はーい」

 こんなに楽しい気持ちでお客様をお出迎えするのは初めてかもしれない。慣れて来たとは言え、私にはどうしてもこの仕事は背徳感が強い。


 部屋を出て廊下に出る。

「お待たせしました、シュウちゃんでーす」

 と健太さんに案内されてこちらを向いたのは、清水くんだった。


 え? なんで?!

 昨日、この店に入るよりも前から酔っていた清水くんは、私のことはおろかこの店に来たことだって忘れてるはずなのに、どうして清水くんがここにいるの?!


 呆然と立ち止まった私の方に、お出迎えを待たず清水くんが近付いてくる。

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