第27話 高橋の奇行

「そろそろ終電考えなきゃねー。次で最後にしよっかなー。何残ってたかなー」

 とさくらが立ち上がって最後のお酒を選びに冷蔵庫へと向かった。

 清水くんも立ち上がってその後へと続く。


 さくらが冷蔵庫を開けると、

「これにしとけ」

 とさくらの後ろから手を伸ばして1本取った。さくらがものすごく嫌そうな顔をして振り返る。

「ちょっと清水! 勝手に人の飲む物決めないでよ! 私レモンの方が飲みたいの」

「ダメ。レモンアルコール9%だぞ。お前飲みすぎだよ。帰れなくなるぞ」


 冷蔵庫前でレモンを取ろうとするさくらVS阻止しようとする清水くんが熱戦を繰り広げる。

「尾崎、お前今まっすぐ歩けてなかったよ。大人しく清水の言うこと聞いとけ」

 片橋くんにまで言われて、さくらは渋々清水くんの手から缶を受け取った。


「もう帰んなくても、みんなでここで泊まればいいじゃない」

 さくらが片橋くんの隣に戻りながら言う。

 ここに?! 今日のさくらは神がかっているわ!


「ダメに決まってんだろ。言っても俺男だよ? お前が嫌がったって俺酔ってお前に何するか分かんねーよ?」

「え? マジで言ってるの? 片橋」

「冗談だよ」

 恨めしそうなほどさくらがガッカリしているように見える。あんな分かりやすい冗談を真に受けたのかしら。

 片橋くんがいくらお酒に酔ったって嫌がるさくらに何かする訳ないじゃない。高橋なら分からないけど。


「尾崎、家どこだっけ? 送って行ってやるから今日は大人しく帰るんだ!」

「えっ、ほんと?!」

 今度はうれしそうだ。しっかり者のさくらも深酒するとこの通り情緒不安定になるものなのね。


「あ、じゃあ水城は俺が送って行ってやるよ」

「いいわよ、ひとりで帰れるから」

 毎週土曜日は終電で帰ってるんだもの。乗り込む駅は全然違うけど、いつもの週末となんら変わらない。


「高橋さん、送り狼って言葉知ってます?」

「どういう意味だよ、清水。お前は俺が何をすると思っての発言なんだ、それ」

「俺、月曜日に高橋さんに何もされなかったか茉悠さんに確認しますね」

「だから、お前は俺をどう思ってんだ!」

「もー、本当に送っていらないから。自分の家に直接帰りなよ」


 高橋に送ってもらうなんてめんどくさいしかない。どうせまたからかってきたり底意地の悪いことを言われるだけだ。


「それはダメ。こんな時間に女性がひとりで帰るなんて危ないよ。茉悠さんはもっと危機感持ってよ」

 清水くんが真剣な顔で見つめてくる。……心配してくれてるのかしら。

「う……うん」


 あらら。ついうん、なんて言ってしまったものだから、なんだか高橋に家まで送ってもらうことになってしまった。

「お邪魔しましたー」

 玄関で清水くんが気を付けてーと笑顔で見送ってくれる。


 ああ……終わっちゃったか。

 営業さんとゆっくり話する機会なんてそうそうないのに、卒アルなんてじっくり見てないでもっと清水くんとお話すれば良かった。

 もったいない時間を過ごしてしまった気がする。


 清水くんのマンションを出ると、さくらと片橋くんは電車を乗り継ぐよりも歩いた方が早いから、と歩いて帰って行った。

 私と高橋で駅まで歩く。清水くんの家から駅は10分ほどまっすぐ歩くだけだ。


 ホームに降りると、都会でもないこの駅で終電を待つのなんて私たちくらいね。

 冷たい夜風が酔った体にちょうど気持ちいい。

 いい風だわーと目をつぶると、思ったより酔ってるみたいで景色が回るような感覚がして慌てて目をカッと見開く。


 そのほんの一瞬、目をつぶった瞬間に高橋が真正面から抱きついてきた。高橋はかなりお酒に強いけど、たくさん買ってたからかなり飲んだんだろうな。清水くん家は物が少ないせいか居心地良くてつい飲み過ぎちゃうのかも。分かる分かる。


「大丈夫? 帰れるの?」

 笑いながら言ったら、思いのほか低い声で高橋が質問返ししてきた。

「そうとしか、思えないの?」

「え……」

 思いっきり抱きつかれているから、高橋の顔が見えない。何言ってるのかしら、高橋。気分でも悪いのかしら。


「清水だったら、どうなの?」

「え?」

 なんで、清水くん? どうして急に清水だなんて……どうもこうも、清水くんはこんなことしてくる訳がないもの。


 でも、高橋の力の込められた手の感触を肩に感じて、なぜか何も言えなかった。

 なんで、そんな妙にかわいいしゃべり方してるの? 高橋はそんなんじゃないでしょうに。


 顔が見えないから、高橋の真意が分からない。

 どうしたのかしら。本当に、高橋は何をしているのかしら。


 何も言えないまま、電車が来るまでただずっと高橋の手の力強さと体の温かさと重さを感じるだけの状態が続いた。


 電車が来ると、高橋は私から体を離した。私が電車に乗り込んでも、高橋は動かない。

 本当に何してるのかしら。電車のドアは開きっ放しじゃないのよ。発車前には閉まるのよ。


 高橋を見ると、笑って手を振っていた。

 あ……送るって、家までじゃなくて電車に乗るまでだったんだ。


 ドアが閉まって、見えてるのか分からないけど私も笑って手を振った。

 それなら、私と同じ金額の切符を買わなくても良かったのに。たしか、入場券だったかしら、ホームに降りるだけの券もあったのに。知らなかったのかしら。

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