第25話 カナデさん

 ほとんど何もないと言っても過言ではない清水キヨミズくんの部屋で、みんなで丸いローテーブルを囲み、適当に枝豆なんかをつまむ。


「あ! 卒業アルバムないの? 高校の卒アル!」

 冴えてるわ! 今日のさくらは冴えまくっているわ!

 卒アルなら、高校の同級生だった彼女の写真が絶対にある!

「え……あるけど」

「卒アル出してよ! 高校時代の清水見たいー」

「ええー、俺ほとんど変わってねえよー」

「いいから! 卒アル持って来て!」


 渋々ながら、清水くんが立ち上がりキッチンの戸棚から卒アルを取って来る。

「どこに入れてんだよ!」

「いやー、料理しないから、空っぽにしておくのも何かなって思って」

 清水くんがさくらに卒アルを手渡す。

「清水、何組?」

「2組」


 清水くんは見る気なしに離れて缶ビールを飲んでいる。

 私と片橋くんと高橋でさくらが広げるアルバムをのぞき込む。

 2組と書かれたページに並ぶ学生たちの顔を見る。うちの高校の卒アルは顔写真が並んでいたけど、この高校は集合写真で、休みの子だけ別枠タイプだ。清水くんはどこかしら? 当時から背が高かっただろうから、最後列から探してみる。


「いた!」

 見つけた清水くんの写真を指差す。

 本当だ、あんまり変わってない。でもちょっとあどけないかな。かわいいー。


「へえ、かわいいじゃん、清水」

「この写真見るとすげー真面目そうだな」

「普通に真面目な生徒でしたよ、俺」

「どこの高校?」

 さくらがアルバムを閉じて表紙を確認している。


「え! 神山手高校行ってたの?!」

「さくら、知ってるの?」

「めちゃくちゃ偏差値高い高校だよ! 全国でも有名な進学校! そう言えば、高校の制服なかったとか言ってたもんね、清水」

「清水超頭良かったんだ?」

「いやー、やたら勉強してただけですよ」

「何その謙遜、逆に嫌味ー。なんで進学校出て高卒で働いてるの?」


 んー、とビール片手に首をかしげているけれど、分かりやすく目が泳いでないかしら。

「早く働いて一人前になりたかったんだよ」

「偉いなあ、清水。立派なヤツだよ」

「ほめ過ぎだよ、片橋酔ってんな」

「ねえねえ、周りに変な子いた? 天才と変人は紙一重って言うじゃん」

「馬鹿みたいに頭いいヤツとかいた。クラスにひとりくらい。辞書食って覚えるヤツとか」

「すごーい!」


 さくら、あの、卒アル……アルバムは閉じられ、未知の世界・進学校の実態にみんなの関心がすっかり移ってしまっている。


 コソッとさくらの手から卒アルを奪い、ひとりでじっくりとページをめくる。

 まずは1組を開いてみたけれど、よく考えたら顔も名前も分からないのにこの中のどの顔が彼女なのかなんて分かりようもないわね。


 あーあ、せっかく彼女を知る大チャンスなのに、何もできないのかしら……。

 諦めきれずに眺めていたら、唐突に思い出した。


 そうだ私、彼女の名前知ってた!

 カナデさんだ!

 清水くんが目覚めた時に、私に向かって「カナ、デ」って言ってた。私を彼女と間違えて寝ぼけた清水くんが彼女の名前を呼んだに違いないわ。


 よし! カナデと読めそうな名前を探そう!

 3組に、楓さんがいる。あ、もしかしたら、清水くん寝起きだったし明瞭な発音ではなかったからカエデさんだった可能性もあるのかもしれない。3組の楓さんも一応覚えておこう。


 5組にはかな恵さんがいる。カナエをカナデと聞き間違えた可能性もあるわね。だいぶ小柄でふにゃっとしたお顔立ちで、何か違うという感じがするけど、この写真から受ける印象だけじゃ分かりっこないわ。


 なかなかこれと言った決め手のある名前がない。環奈と見ると、カンナだったかもしれない、とも思えてくる。ハッキリ聞こえたのはカだけな気がしてきた。

 たしかにカナデって言ったと思ったんだけど……。


 7組まで来てしまった。うちの高校は7組までしかなかったけど、進学校なら10組まであったりするのかしら。


 7組の女子の名前を慎重に見ていく。

 ……あ……いた! 

「奏」なら、ストレートにカナデと読める。楽器を奏でるの字だ。

 前から2列目の一番右端……あ、たぶん、この子だ。なんかこの子な気がする。


 列の端だから、半身だけど体も写ってる。ショートカットがボーイッシュな印象だけど、クリクリのおめめがかわいい子だ。いかにも友達の多そうな明るい笑顔がまぶしすぎてもう見えない。2列目だから背は高くないんだろうけど、運動のできそうな頑丈そうな体つきの子だ。


 ロングヘアでいつもパソコンかテレビの前にいたような、友達は貴重種な陰キャ女子高生だった私とは似ても似つかない。大違いだ。月とスッポン。雲泥の差。クジラとイワシ。


 こんなかわいい子と付き合ってたんだ、清水くん。

 この子にフラれて、ヤケになって私とブルーフォレストに行ったんだ。

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