第24話 キヨミズハウス
夜9時を過ぎ、頼野さんが
「俺、そろそろ帰らないと」
と締めに入った。
「えー、早くないっすか!」
片橋くんはもっと憧れの頼野さんとお話したいみたいね。
「いやー、子供が10時には寝る準備始めちゃうからさー。寝ちゃう前に顔見たいじゃん」
「出てくる前に一緒にゲームしてたっぷり遊んで来たんでしょー?」
片橋くんは不満そうだけど、頼野さんはご家庭もとても大切にされているから飲み会には積極的に参加するしこうして企画もするけどこの時間にいつも帰る。
頼野さんが抜ける形になることもあれば、頼野さんをきっかけに解散になる時もある。
これで解散なら、少しでも店に入って行こうかしら。
風俗のバイトを始めてから、新たにキャッシングをすることはなくなった程度にはお金に余裕はできた。
でも、ケイ様にお会いしに行って満足できるほどの余裕はない。ご尊顔を拝見するだけでも、と思わなくもないけど、中途半端にお金使っちゃうと次に会いに行けるまで間が開いてしまう。
指名を期待できるお客さんがひとりしかいない私は店に入っても待機時間が長い。日曜日は終電までじゃなく早めに帰るし、フリーの客が多いこの土曜の夜は私にとって一番の稼ぎ時だ。
「えー、まだ飲み足りなーい。片橋もでしょー」
とかわいく上目遣いでさくらが片橋くんの服のそでを引っ張っている。十分酔ってるんじゃないかしら。
「まだ早いよなとは思うな」
「だよね!」
「どうする? 店変えるなら会計しとくけど」
頼野さんはもう上着を羽織って帰る準備万端だ。時計を気にしていらっしゃる。
「店変えるか。ここ清水の家から遠いから、送って行くことを考えるともうちょっと近付いておきたい」
「また清水ー……」
さくらが清水くんをにらんでいる。
いい子じゃない、片橋くん。同僚を無事に送ることを第一にするなんて。でもその役目、私に譲ってもらえないものかしら。
「あ! いいこと思いついた! 清水の家に行って飲もうよ! だったら送って行く必要なくなるでしょ」
すごい! さくらは本当にいいことを思いついたわ。
清水くんの家なら、清水くん本人に聞かずとも写真か何か彼女の手掛かりが残っているかもしれない。
「え! 俺んち?」
「いいでしょ、清水!」
「いいけど、俺んち冗談抜きで何もないよ。飲みもん食いもんすらほとんどないよ」
「買って行けばいいじゃん! 頼野さん、場所変えます。清水の家に行きます!」
「じゃあ会計しておくね。営業諸君といろいろ話せて楽しかったよ。また飲もうね。来週からもよろしく」
「はい! 俺もご一緒できて楽しかったです! よろしくお願いします!」
一際大きな声の片橋くんをはじめ、お疲れ様でしたーとそれぞれ頼野さんを見送る。
「高橋さん! 残ってるの食べちゃって! 早く! 清水と片橋もそれ残ってるやつ飲んじゃって! 茉悠ちゃんも!」
さくらが残り物がある皿を全部高橋の前に集めた。
「なんで俺なんだよ! 尾崎!」
「いいから!」
どうしてさくらはあんなに急いでいるのかしら。でも、私も清水くんの気が変わらないうちに早く飲んでしまおう。
清水くんの家は、たしかに電車を乗り継がなくてはいけなくて遠かった。
途中にまだ開いているスーパーがあったから、コンビニよりも安いだろうと大量のお酒と焼き鳥や唐揚げ、枝豆なんかの残ってるお惣菜を買い占める勢いで買って清水くんの家に入った。
「お邪魔しまーす」
清水くんの家は、6畳くらいのワンルームだ。目に見える家電は冷蔵庫とエアコンとテレビ、ブルーレイディスクプレーヤーの脇にノートパソコンがあるくらい。
家具も、丸いローテーブルとその横、壁際にベッドがあるだけだ。
クローゼットの扉があるから、服なんかはあそこに納まっているんだろう。
「清水って、ミニマリスト?」
「ミニ……? 何それ」
「物を持たない主義の人のことよ」
「主義じゃねーよ。単に金使いたくないだけ」
殺風景の極みな部屋を見回す。なるほど、何もない部屋だと思ったけど、ひとつだけちょっと古びた三段収納棚があり、その中には私の高校時代くらいに流行った漫画が並んでいる。ほとんど実家から持って来た物しかないのかしら。
すごいわね。物が多くて足の踏み場もない我が家とは大違いだわ。自分の部屋はもうどうしようもないから片づける気になんてならないけど、この部屋なら掃除する気にもなりそう。
「本当に何もないのねー」
「だから何度も何もないって言ったじゃん」
「清水、相当貯め込んでるんじゃねえのー。冷蔵庫の中ちくわしかねーんだけど」
いきなり人の家の冷蔵庫を勝手に開けるなんて、高橋は本当に高橋ね。
「ちくわ、4本も入って39円なんすよ。すごくないですか」
「それで満足できるお前がすげーわ!」
「清水、お前もっとちゃんとしたもの食べないと病気になるぞ。俺がメシ作りに来てやろうか?」
まあ、片橋くんは本当にいい子ね。でもその役目、私に譲ってもらえないものかしら。料理なら得意なんだけど。
「テレビでも付けて飲もうよ。せっかくたくさん買って来たんだしー」
「リモコンは?」
「あそこに置いてある」
清水くんが天井を指差す。見ると、天井にリモコンらしき物がガムテープで貼り付けられている。
「なんで?!」
「テレビ付けると電気代かかるから、なるべく付けないために。待機電力かからないようにコンセントも抜いてあるしね」
「ここまでやったらもう守銭奴だろ! なんでテレビ買ったんだよ!」
「いやー、実家の自分の部屋で使ってたのを何も考えないで持って来たんだけど、ほんと邪魔です」
「邪魔なくらいなら売ればいいのに」
「ああ、思いつかなかった。売ろ」
「お金貯めて、どうするの?」
清水くん、何か夢でもあるのかしら。
「えーと……親に恩返し」
あら、思ったよりも素敵な理由。どうしてあんなバツが悪そうな顔をしてるのかしら。照れてるのかしら。
こんなに節約してまで恩返ししたいなんて、ご両親に大切に育てられたのね。
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