第23話 元カレの話
店員さんが小走りにやって来る。
「サーモンとモスコミュールふたつ」
あ、やっぱり清水くんもモスコミュール飲むんだ。
「頼野さんはご結婚されて長いんですか?」
「うちはもう25年近いよ」
「25年! 私の人生より長い!」
「尾崎さん、若いね~」
頼野さんが驚いてるけど、私もさくらと同じく25年にも及ぶ結婚生活に驚きだわ。
「なかなか子供ができなかったものだから、この年で子供はまだ小学生なんだけどね」
頼野さんはとても子煩悩だしご家庭を大切にされている。それでいて仕事もしっかりしているしこうして交流会を設けてくれたりもする。ごく普通のサラリーマンだけど、スーパーマンだと思うわ。
「お待たせしましたー」
モスコミュールが2杯、清水くんと私の間に並べて置かれる。清水くんがそのグラスに引っかかっているライムをふたつ続けてそれぞれグラスにしぼった。
「飾りにしておくよりさ、しぼった方が美味いんだよ。飲んでみて」
私のモスコミュールまで。私は初めて飲むからしぼった方が好きかどうかなんて私にも分からないのに。
でも、清水くんがライムをしぼったモスコミュールが好きなら、私も好きになりたい。
勧められるままにひと口飲んでみる。さわやかな飲み口でスッキリしてて美味しい。
「美味しい」
と私が言うのを聞いてにっこり笑うと、清水くんもひと口飲んだ。
私もライムしぼる派だったんだ。清水くんと同じだ。
「水城は彼氏いねーだろ?」
モスコミュールを美味しくいただいてるうちに何の話になったのか知らないけど、どうして高橋は決めつけてくるのかしら。
「いないわよ」
実際いないんだけど。
「だろーな。水城に彼氏とか想像つかねえもん」
「いたことくらいはあるんでしょ? 茉悠ちゃん」
「まあ」
「いたことあるの?!」
どうしてそんなに驚くのかしら。私に彼氏がいたのがそんなに意外だとでも言うのかしら。
「どんな男だったんだよ? お前から告ったの?」
なんでそんな昔の話をしないといけないのかしら。でも、高橋だけでなく片橋くんもさくらも頼野さんに清水くんまで興味津々な顔でこちらを見ている。
みんなして私に彼氏がいたのがそんなに意外なのかしら。
「高校の同級生。友達の友達だった子。高1の時に、何回かしゃべったことがある程度なのに付き合ってほしいって言われたからまあいいかと思って付き合っただけよ」
なんて名前だったかしら……岡……あ、たしか、
岡崎くんに付き合ってほしいって言われた時、私は岡崎くんのことをほとんど知らなかった。友達の友達だとしか思ってなかったから興味もなかったし。
「え、好きでもねえのに告られたから付き合ったってこと?」
「だって、付き合ってみないと好きになるかどうかなんて分からないでしょう」
「何その理屈」
理屈……かしら?
「で? 茉悠ちゃんは結局好きになったの?」
「どうだろ……私からの愛情を感じないって言われたから、たぶん好きにならなかったんんじゃないかしら」
「ふーん。なんで別れたの?」
「高校卒業して私は就職して、元カレは大学に行って、だんだん会う機会が減って連絡することもなくなって自然消滅って感じ」
「社会人と大学生じゃ難しいですよね……その愛情を感じないって、いつ言われたんですか?」
清水くんが神妙な面持ちと敬語で聞いてくる。あれ? 3杯飲んだらここから俺様って線引きがある訳じゃないのかしら。
「いつだっけ……最後に会った時かしら」
「え。茉悠ちゃん、それ自然消滅じゃなくない? 彼氏的には別れ話のつもりだったんじゃないの? 愛情を感じないから、俺のこと好きじゃないなら別れようって話だったんじゃないの?」
別れ話? 言われてみれば、岡崎くんはえらく深刻な顔をしていたような気もするわね。
「どうなんだろ? 5年も前のことだから覚えてないわ」
「5年?! お前21歳までそんな状態で付き合ってたの?! 高1って何歳だっけ?」
「16歳じゃないですか?」
「うーわ、青春を無駄にされてその彼氏かわいそー。16から21まで5年間もそんな不毛な付き合いしてたとか、最悪じゃん。16から21なんか青春真っ只中なのにさー」
……え……私、岡崎くんの青春を無駄にしたの? そんなつもりは毛頭ないわよ?
たしかに、高校を卒業したら岡崎くんのことなんか忘れがちで私から連絡することはなくなってたけど、無駄だなんて失礼な。
「お前、男を好きになったことないんじゃねーの?」
「男を好きに?」
「聞き返してくる時点でねえな、これ。マジか、26まで誰も好きにならないとかあんのか」
好きに、ねえ。
小学生から観てたアニメに中学生になって突如沼にハマるようにドハマりして、中高とそのアニメのことばかり考えていた。好きすぎて声優さんに興味が広がって、ずっと図書館のパソコンで声優さんについて調べ続け、自分の部屋では録画したアニメを延々観ていた。
主人公の声優さんが大好きだったけど、男を好きになったと言うよりは声優さんを好きになった。声は大好きだったけど、30歳くらい年上で顔は好きではなかった。
「水城さんのことだから、好きになってても気が付いてないとかありそうだよね」
「ありそう~。茉悠ちゃんならやりそう~」
みんなが私を見てうなずいている。
否定はしないわね。だって、どうなったら好きなのか分からないんだから、確かめようもない。
リトマス試験紙みたいに、あ、色が変わったから好きなのね、って見て分かれば話は早いんだけど、文明は現状そこまで発達していないもの。
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