第22話 ちょうどいい俺様まで何杯?

 清水くんを酔わせたい私は数えている。

 清水くんは乾杯はビール、そしてレモンサワー、今ライムサワーを飲んでいる。

 何杯飲めば、あのちょうどいい俺様な清水くんが見られるのかしら。楽しみすぎてワクワクしてくる。


 この店はカクテルの種類が少なくて、清水くんの好きなカルーアミルクはない。でも、前に飲んでいたモスコミュールならある。

 そう言えばあの時、清水くんはカルーアミルクが好きだって言いながら注文したのはカルーアミルクふたつじゃなくてカルーアミルクとモスコミュールだったのよね。


「モスコミュール頼まないの?」

「え……飲みます? モスコミュール」

 何気なく聞いただけなのに、清水くんはこちらが軽く驚くくらいびっくりした顔をする。


「ううん。私は飲んだことないもの」

「なんで、モスコミュールって……」

「前に飲んでたから、好きなのかなって思って」

「……え、飲んでました? 俺が?」

「飲んでたよ?」

 自分が何を飲んでいたかも覚えてないのかしら。本当に天然さんだなあ。


「清水は飲むとマジで記憶失くすんだよ。やべーレベルで。初めは冗談だと思ってたけどマジなもんだから、取引先との飲み会なんかじゃ今はもう清水は飲めないんでって断って飲ませてねえもん」

「え? 記憶?」

 酔っ払ってて記憶がない、とかニュースなんかでも見るけど、え、清水くんが?


「なあ、清水」

 清水くんは苦笑いしながら首をかしげる。

「いやー、覚えてないだけに何を忘れてるのかもよく分かんないんですよね」

「忘れてるよ! 清水ひどいよ、そのうち絶対事件起こすわよ! それで警察に捕まって記憶にございませんって供述するわよ! 絶対! ね、片橋!」


 さくらは本当に酔っ払った清水くんが嫌みたいね。でもそんな、事件を起こすだなんて決めつけることないじゃない。

 暴力を振るう訳でもないし、人を傷つけるようなことを言う訳でもない。ただちょうどいい俺様になるだけじゃない。


「マジで気を付けた方がいいぞ、清水。人格豹変するからあり得るよ。今日は俺が家まで送るから好きなだけ飲んだらいいけど、付添人がいない時は控えた方がいいぞ」

「送るの?!」

 片橋くんの言葉に私とさくらの声がかぶった。片橋くんはうん、とうなずいている。


 片橋くんまで、そんなにみんなして悪く言うことないのに。普段の清水くんのワンコかわいいイメージが強すぎて反発が大きいのかしら。

 私は嫌じゃないどころか酔わせたいくらいなのに。


 酔っ払ってても、彼女を思って泣いたりもするんだよ。

 酔っ払ってても、ちゃんと愛情は持ってる子なんだよ。


「酔った所から丸っと記憶が抜け落ちるの? 酔いが醒めた所までタイムリープでもするような感じ?」

 頼野さんが驚いたように聞く。

「まあ……恥ずかしながらそんな感じです。だからなるべく酒は飲まないようにしてるんですけど」

「へえー、おもしろいねえ」

「何っもおもしろくないっすよ! 甘やかさないでください、頼野さん!」


 え……じゃあ、私と飲んでブルーフォレストに行ったことなんて、翌朝に起きたとこからしか覚えてないんだ?

 そっか、だから平気でホテル代の話なんか会社でしちゃったりするのかしら。

 ……覚えてないのか。ホッとしたような、拍子抜けのような。


 私はハッキリ覚えてる。

 俺に彼女なんかいねーよ、って言いながら私に見えないように泣いていたの。

 でも……清水くんはきっと覚えてないんだろうな。


 やっぱり、本当は彼女を忘れられないのに無理して明るく振舞ってるんだ。

 いいじゃない、お酒飲んだ時くらい。心の中の悲しさなんて忘れたいじゃない。忘れたいことは忘れたっていいじゃない。


 困った様子の清水くんが3杯目のライムサワーを飲み干した。

 私も手元のカルピスサワーをひと口飲んで、お刺身盛り合わせを――

「あ、サーモン……」

 なくなっちゃったか。3~4切れくらいしかなかったから、そりゃー早く取らなきゃなくなっちゃうな。


「サーモン、好きなの?」

 清水くんが私を見ている。あれ? なんか口調が……。

「あ、うん」

「食べてないの?」

「うん、なくなっちゃってて」

「食べたいなら頼めばいいじゃん。酒は? もうないよ」

「あ、えーと」

「モスコミュール飲んだことないんだよね? 飲んでみる?」

「あ、うん」

「すいませーん」


 3杯?! 3杯飲み干せばちょうどいい俺様が発動するの?!

 さくらがあからさまに嫌な顔をしている。やっぱり、来たんだ! タダでちょうどいい俺様の隣に座れるなんて、清水くんはなんてリーズナブルなのかしら。



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