第21話 キヨミズくんが好きになる人

「彼女、シーザーサラダ好きなの?」

 注文を終えた清水くんに聞いてみる。メガネの奥の目が大きく開かれた。

「え?!」

 あれ? 日本語変かな?

「お前な、フラれた男にそんなこと聞くもんじゃねーよ。ごめんな、清水。コイツ空気読めねえんだわ」

 高橋が私をよけるように体を反らして清水くんに謝っている。


 あ、そうか。フラれて傷付いた傷口に塩を塗り込むような荒療治をしてしまったのかもしれない。

「ごめん、清水くん」

「いいですよ、全然大丈夫です。サラダは苦手だったんですけど、シーザーサラダなら食べられたんですよ。卵が好きだったから、シーザーの温泉卵と絡ませて食べる、みたいな」

 清水くんは笑顔で答えてくれる。大丈夫なんだ、良かった。


「へえ、彼女卵好きなんだ。彼女自身は料理とかするの?」

「あんまりレパートリーはなかったけど、うちに来たら作ってくれてましたね」

「へえ、家に」

「ひとり暮らしなもので、ついちゃんとまともなごはん食べなくてよく叱られましたねえ」

「あー、ひとりだとごはんの用意するのめんどくさい時もあるよね。彼女は何の料理が得意なの?」

「俺が好きだったのはオムライスでしたね」

「へえ、結構手の込んだ料理作るんだ。チキンライスで済まさないで」

「基本ケチャップが好きなんですよ。だから俺チキンライス好きですよ」

「そっか、オムライスにしたら清水くんと彼女の好きなものが同時に食べられるんだ。ケチャップと卵と」


 オムライスなら、卵の上から更にケチャップかけられるものね。そうか、ふたりが好きなものを同時に食べるために……。


「彼女は卵は温泉卵が一番好きなの?」

水城ミズキ、いいかげんにしろよ! 何なの、さっきからずっと元カノの話ばっか振りやがって」

 高橋に怒られてしまった。

 なんで? 彼女の話って聞いちゃダメなの? 清水くんは大丈夫だって言ったのに。


 ニコニコと答えてはくれていたけど、清水くんもやっぱり嫌なのを隠して無理に笑っていたのかしら。

 もう聞かない方がいいのかしら。


「ごめんな、清水。もーコイツ何がしたいんだか訳分かんねえだろ」

「いえいえ」

 何がしたいって……どんな人なのか知りたかったんだもの。

 どんな人と付き合ってたのか。フラれて泣いちゃうくらい、どんな人を好きになったのか。


 どんな人なら、清水くんが好きになるのか。


「あ、そうだ茉悠さん」

 清水くんがお箸を置いて私を見る。何かしら。

「彼女彼女って言うけど、元彼女です。俺今彼女いませんから」

 元を強調して、清水くんはのどかに笑っている。


「元……だと思ってるの?」

「事実、元ですから」

 また元を強調する。事実はそうだろうけど……。


「お待たせしましたー」

 と、お刺身盛り合わせとシーザーサラダが運ばれてくる。冷メニューはやっぱり早いわね。


 シーザーサラダが真ん中に置かれた。いつの間にかさくらが片橋くんの隣に移動して頼野さんが端に追いやられ、向こう側の真ん中には片橋くんが座っている。

 なんとなく私が取り分けるか、と小皿を手に持った。


 一応上司である頼野さんから。あとは似たり寄ったりだから、順番に片橋くん、さくら、高橋、私、清水くん――あ、卵崩すの忘れてた。シーザーサラダは温玉が絡むのがおいしいのに。

 みんな、シーザードレッシングがかかってるだけのただのサラダだわ。まあ、いっか。清水くんのお皿に温泉卵を入れる。


 ワンコかわいい清水くんのことだから、彼女が卵好きならいつも譲ってあげていたんじゃないかしら。

「はい、清水くん」

「ありがとうございます」


「茉悠ちゃん、よそってもらって文句言うのもアレなんだけど、これシーザードレッシングかかってるだけのただのサラダなんだけど」

 あ、さくらに気付かれた。

「私もだよ。あ、クルトンも入ってる。シーザーっぽいよね」

 あはは、と笑うとまあいっか、とさくらも食べ始める。


「え、あの……」

 と、清水くんが二口三口食べたサラダのお皿を見せてくる。

「シーザーサラダには温玉だよ。彼女が元になっていいこともあるよ。シーザーサラダの温玉が食べられる」

「え?」

 清水くんがキョトンとしている。


「お前、もしかしてずっと励ましてるつもりだったの? 励まし方が独特すぎるんだよ。ごめんな、清水。水城も悪気はねえんだよ、気ぃ悪くしないでやってくれな」

 さっきから高橋は何なのかしら。私の保護者気取りか。私に保護者なんていないのに。


「あ……ありがとうございます。すごく美味しいです」

 良かった。清水くんがにっこり笑う。ね、美味しいでしょう。シーザーサラダには温玉だよ。


「茉悠ちゃん、そんなに心配しなくても案外清水ケロッとしたもんだよ。付き合い長かったから私たちも心配して飲みに行ったんだけど、いつも通り名前の話してたよ」

「名前の話?」

「あー、俺も何度も聞いた。水城の名前天然話だろ」

 高橋が横目で私を見て言う。

 ああ、私がシミズだと間違えて覚えてて、シミズって書いてキヨミズって読むなんて名前まで天然だねって言っちゃった話か。みんなも聞いてるんだ?

 なんで名前を間違えて覚えてたっていうだけのどうでもいいような話を清水くんはあちこちでしてるのかしら。


「清水くん、どうかしたの?」

 頼野さんが不思議そうに尋ねる。

「長年付き合ってた彼女と最近別れちゃったんですよ。何年付き合ってたんだっけ?」

 さくらに聞かれて、清水くんが宙を見て考えている。

「7~8年くらいかな」

「そんなに?! 長すぎる春ってやつかねえ。そんなに長く付き合ってたら結婚の話出なかったの?」

「向こうがまだ就職したばっかりだったんで」


 ああー、と頼野さんが何かにうなずいている。

「結婚はタイミングだからね。その人とはご縁がなかったんだよ。若いんだからまだまだご縁はあるさ! 次行こ、次」

「はい、次行きます、次」

 清水くんが笑っている。さすがは頼野さん、励ますのも上手だわ。


 次かあ。次に清水くんが好きになるのは、どんな人なのかしら。

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