シュウと柊
第18話 優しくて穏やかなひととき
ああ、久しぶりの生ケイ様、やっぱり神!
店内のライトとそれを反射しまくるケイ様のきらびやかなお衣装で、店を出て結構歩いたのにまだ目がチカチカしてる。
今年も、ケイ様のバースデーイベントはとっても派手でカッコよかった。大満足だわ。
新たなバイトのおかげで少しは余裕のできた私は、久しぶりにケイ様のお店に行った。
ケイ様シングルのお写真10枚に、ケイ様と私のツーショット5枚、さらにはケイ様の私物のティッシュペーパーの空き箱5個とトイレットペーパーの芯5個のセットも買った。
ケイ様は自分の写真1枚とこのトイレットペーパーの芯1個が同価値でいいのかしら? と思ったけど買った。
合計3万円。
客5人もつけば返ってくると思うと、ためらいなく手渡した。
「ありがとう、マユちゃん。マユちゃんのおかげで今月の養育費が払えるよ」
とケイ様は130点をも超えてくる笑顔で受け取ってくださった。
そこへフラッと誕生日を祝いにやって来たオーナーに見つかって、マイナス130点をも超えてくる顔になってたけど。
あー、幸せ。
バイトもだいぶ慣れてきた。ネットで調べてみると、人気のある女の子は恋人同士のようにイチャイチャする時間を多く取ってるんじゃないかと気付いた。
私もなるべく時間を余らせて、余った時間でスナック・ホワイトタイガーで培った褒めトークをするように変えてみたら、なんと指名してくださる方が現れた。
本当に普通の女の子を求めているお客さんもいるんだって分かった。指名してくれたお客さんに言われたもの。
「シュウちゃんはおっとりしてて話しやすいから、また会いたくなって」
って。そう言ったお客さん自身も、おっとりとした少し田舎から出て来たばかりです感のあるおじさんだった。
リアちゃんみたいな整形美人かと見まがうような女の子が出てきてもお話なんてできなさそう。私くらいがちょうどいいお客さんもいるんだわ。
私は本職の事務では、エクセルの勉強をしたら仕事の効率が上がって嬉しかったことはあれども、研究して発見して実践して成果を上げる、という経験はしたことがなかった。
「今週の土曜日どうかなあ? 延び延びになってた営業との交流会」
「私は大丈夫です」
「私も!」
お昼休み、いつものように総務部長の頼野さんとさくらと三人でお弁当を食べている。
交流会か、初めにやろうって言ってからもう1カ月くらい延期になってたんじゃないかしら。
平日は総務と営業じゃ退社時間が全然違うし、翌日が休みの土曜日がいいね、とは言っていた。
でも二階堂さんの壮行会の後も、祝日があって土曜出勤だったり、頼野さんのお子さんの運動会があったり、さくらの親戚の結婚式があったりで総務内だけでも予定が合わなかった。
「じゃあ私、営業に予定どうか聞いておきます!」
さくらがうれしそうに手を上げる。
営業さんたちは外出してることが多いからちょこちょこ営業の部屋をのぞかないといけなくなるのに、めんどくさいことを率先して引き受けてくれていい子だわ。
何事もなく定時を迎え、帰ろうと事務棟の階段を下りていると、清水くんが帰って来た。今日初めて清水くんを見たわ。1日外だったのかしら。
これからまだ仕事するんだから、営業さんは大変ね。
「お疲れ様です」
の声に思わず実感を込めてしまう。
「お疲れ様です」
清水くんが笑いながら答える。
私もつられて笑ってしまう。
さくらはもう帰っている。私が聞いとくか。
「今度の土曜日どうかなって。頼野さんが言ってた交流会」
「ああ、交流会。俺は大丈夫ですよ。楽しみです」
「私も」
一際清水くんの笑顔が輝く。あら、かわいい。
清水くんが私の持っている小さなバッグを見て、自分のビジネスバッグから黒い折りたたみ傘を取り出した。
「にわか雨降ってますよ。これから強くなるみたいだから、これ使ってください」
差し出された傘を見て、外に目をやるとたしかにポツポツと降っているみたいだ。ただ、この程度で傘を借りるのも申し訳ないわ。
「でも、清水くんはどうするの?」
「俺まだ2~3時間は帰らないんで大丈夫です。そのころにはやんでるみたいなんで」
雨雲レーダーでも確認したのかしら。これから強くなるからこれから帰る私に貸してくれるってことか。優しい子ね、清水くん。
「でも、もしやまなかったら濡れちゃうからいいよ。夜遅い分寒いでしょう」
清水くんがフウ、と息をついた。
「大丈夫だって言ってるだろ。でもでも言ってないで使えよ、ほら」
と強引に私の手に傘を握らせる。
え……清水くん?
強引だけど、その顔は穏やかに笑っている。え……どうなってるの?
1日見なかったと思ったら、お酒飲んでたの?
「いや、俺酒飲んでませんよ」
「え……どうして分かったの?」
「なんか……顔に書いてた」
「え、嘘?」
思わず顔に手をやる。あ、もしも書いていたとしても、手には何も触れないんじゃないかしら。
「嘘です、テレパシーです」
「テレパシー?!」
フフッと、口をギュッと閉じてこらえるように清水くんが笑った。
「あ……それも嘘でしょ!」
なんだ、冗談か。こんな冗談言ったりもするんだ。もっと清水くんと話してみたい。土曜日、楽しみだな。
小雨の中、騒々しい高橋が走って入って来る。
「何呑気にしゃべってんだよ!」
「あ、すいません。じゃあ、茉悠さん、お疲れ様です」
清水くんがふんわりと優しく微笑む。心の中にもふわっと温かく感じて、たぶん私も似たような笑顔になってるんじゃないかしら。
「お疲れ様です」
こういう時、波長が合うなって言うか、穏やかな空気感をいいなって思う。
「え……お前ら、マジで付き合ってるの?」
高橋が珍しく真剣な顔をして聞いてくる。
「付き合ってる? 私と清水くんが?」
驚いて聞き返した私の顔を見ると、
「あ! 違う! 言い間違えただけ! 忘れろ、水城! じゃあな、お疲れ!」
と清水くんの背中を押して階段を上って行く。
付き合うって……そんなこと、ありえない。私、見たもん。
清水くんは、フラれてヤケ酒あおっちゃうくらい、スマホを見ながら彼女を思い出して泣いちゃうくらい……彼女のことが、好きなんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます