第14話 初めての名刺交換にて
営業研修は、長い長い机上講習に続いて実践的なものになった。
今日から始まる先輩社員との同行を想定して、アポを取る電話、いざ訪問したと仮定してあいさつから名刺交換の練習。
特に名刺の扱い方なんかまったく知らなかったから何回もダメ出しを食らった。名刺は相手の顔なんだって。紙じゃねえか。
俺は高橋さんと組まされたのだが、実際に同行するのも高橋さんなんだろうか。イマイチ頼りにならないんだけど。
「よし、行って来い! 落ち着いてな」
「はい!」
いざ営業としての第一歩を踏み出すころにはすでに秋だとは思わなかった。
営業研修と言いながらもまだ入る現場。俺たち現場の補充要員だと思われてねえか?
すっかり慣れて現場の人たちとも軽口叩けるくらい仲良くなれたから最近は楽しいくらいだけど。本当この会社は優しい人が多い。みんなかわいがってくれる。
俺、ちゃんとわがままなライオンな面は隠してうまくやれてる。最近は恵利原部長にいちいちイラッとすることもないし、つい素が出ちゃいそうになることもなくなってきた。
相手先を訪問すると、応対室に通される。
大きな会社だけど、せまい応対室だな。高橋さんと並んで座って相手を待つ。
ドアが開き、50代くらいそうなおじさんと30代くらいそうな小柄な男性が入って来た。
高橋さんが立ち上がったのに慌てて続いて立つ。
高橋さんと相手方が何やら話しているが、緊張してきた。俺、名刺交換の練習の時、3回名刺落としてんだよな。大丈夫かな。
高橋さんと相手の役職者の名刺交換が始まった。この後、俺だな。
「新入社員の
高橋さんが紹介してくれてる間に名刺入れから名刺を取り出し、おじさんの方に差し出す。
「清水
「
ちょっと声がうわずったけど、ハキハキと印象良く言えたと思う。たぶん。
相手の名刺も受け取り、若い方の人とも名刺交換を無事に終えた。
「お掛け下さい」
「はい」
で、机の上に名刺入れと、名刺入れの上におじさんの名刺、その横に若手の名刺、だったよな。
「初々しいねえー。お前もこんな時期があったのにな」
「のにって何なんですか、横溝さん」
「あはは」
「あはは」
高橋さんに続いて笑う。笑っていいのかどうかも分かんねえな。
俺の名刺を手に取った横溝さんが、
「シミズ……シュウ、かな? 今どきの若者って感じの名前だねー」
とニコニコしながら俺の目をまっすぐ見て言った。
え……さっきキヨミズ シュウって名乗ったんだけど。
違います、って言っていいものなんだろうか。でも、言わなきゃ間違えて覚えられちゃうもんな。
「あの、すみません、キヨミズです」
なんで俺が謝ってんのか意味不なんだけど。でも、横溝さんは悪意ないから、俺がややこしい名前してんのが悪いような気もしてくる。
「あ、そうだ。ごめんごめん、清水くんね」
横溝さんも気まずそうに両手で名刺を掲げてくる。あはは、と気まずい空気が流れた。
キヨミズだと耳で聞いても漢字で清水と見るとどうしてもシミズだと思っちゃうのかな。
訪問先を出ると、高橋さんは真っ先に
「やっぱり名刺に読みガナ入れてもらった方がいいな」
と言った。ですね。悪意のない間違いを生んでしまう。しかも高橋さんノーフォローだし。俺が訂正するより高橋さんが言ってくれた方が相手の気まずさがマシなんじゃねーの。
「忘れないうちに頼野さんに電話して頼んどけよ」
「はい」
初めての外出で初めて外から電話する。電話に出た人が俺のこと分かんなかったらどうしよう。
総務の番号にかける。緊張しながらコールを聞く。あ、出た。
「お疲れ様です、清水です」
「お疲れ様です」
「頼野さんお手すきでしょうか?」
「も――し訳ございません、頼野はただいま席を外しておりまして」
びっくりした。すげー申し訳なさそうに言うな、この人。すっげー丁寧だし。
「あ、そうですか。じゃあ、いいです」
「戻りましたら連絡するように伝えましょうか」
「え? あー……じゃあ、お願いします」
「かしこまりました。
「あっ。はい、失礼します」
水城さんだったんだ。俺みたいな新入社員にもあんなに丁寧に対応してくれるなんて、いい人だな、水城さん。
「頼めた?」
「いえ、席を外されてたんで、戻ったら連絡くれるらしいです」
「連絡って、番号言ったの?」
「え? 言ってませんけど」
俺も覚えてねえし。会社支給のスマホだからてっきりこっちの番号が分かってるものだと思ってた。
「電話出たの水城だろ?」
「はい」
「やっぱりなー、あいつ抜けてっから。まったく、しょうがねえな、あいつは。会社戻ったらからかってやろ」
子供かよ。
高橋さんと水城さんは同期らしいけど大違いだな。ただ、やっぱり水城さん天然だな。笑っちゃいそうだ。
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