第12話 初出勤後のリラックスタイム

 初出勤を終えた俺は、電車に乗り最寄り駅の駅ナカにあるコーヒーショップに入った。

 キョロキョロ見回すと、あ! いた!


カナデ、お待たせ」

「あ! お疲れ様! どうだった? 会社」

 ふたり用のテーブルに座る奏の前に座る。

「いい人そうな人ばっかりではあるんだけど、肝心の営業の部長が嫌な感じだよ。えっらそーだし文句ばっか言ってるし理不尽に怒鳴るし」

「それもうパワハラとかモラハラって言うんじゃないの」

「だと思う」


 はあ~、と営業部長の恵利原エリハラさんを思い出してため息が出た。

「よっぽど嫌な感じだったんだね。シュウがそんな顔になるなんて」

「ああー、あいつキライって言ってる顔になってた?」

「うん、なってた」

 奏が笑ってる。なんか、奏の顔見たらへこんでるよりどうにか恵利原部長を攻略してやれないかと気持ちが前向きになった。


 奏は背は高くないけど女子にしてはガッシリした印象の体つきで、見た目には体育会系っぽい。

 実際運動もできるけど、実は字がすごくキレイで人に気を遣う子で、積極的なくせに恥ずかしがり屋なところもある。そんなギャップに惹かれて、高二で同じクラスになってすぐに思い切って告白した。


「キライとか言ってないで愛想良くしないとダメだよなあ、やっぱり」

「常識の範囲内は必要でしょうねー。柊はかわいい主人に従順な犬の面と、気ままなネコ通り越して俺様が百獣の王ライオンだってくらいの強気な面の差が大きすぎるのよ」

 そうなんだよな……学生時代はずっと、「二重人格」だと言われ強気な俺様の面が抑えられずに何かとトラブルの元でもあった。


 誰にだって、二面性ってあると思う。

 奏だって、付き合い始めのころデートの間ずっと手つないできたり積極的に触れてくるからいいのかなと思ってキスしたら急に真っ赤になって固まってたし。

 テレビで芸能人の不倫のニュース見て、「不倫するなんて旦那サイテー」って言ってたのに、ドロドロの不倫ドラマ観て「あれじゃ奥さんが不倫するのも仕方ないよ」って言ったりする。


 でも俺は、人よりも二面性が強いのかもしれない。

 何を言われても笑顔で素直に受け取れたり受け流せる時もあれば、他人の意見に従うのが嫌で嫌でしょうがなくなってしまう時もある。

 自分の意見を強引に押し通して、嫌われる。


 俺は人間ってそんなもんだろと思ってたけど、従順な犬とわがままなライオンでは落差がひどいらしい。

 いつも、求められるのは従順な犬の方だ。そりゃそうだ、誰だって好き好んでわがままなライオンの相手なんてしたくない。


 自分でも分かってるから、外ではなるべくライオンの面は出さないように気を付けてるけど、どうしても完全には隠せない。

 でも、社会人がわがままじゃダメだ。会社では完璧に隠していかないと!


「ねえ、プチトマトまだあるよね? あると思って買わなかったんだけど」

「プチトマト? あー、ないよ。昨日晩ごはんに食った」

「え! プチトマトはごはんになりません! もっとちゃんとしたもの食べてよ」

「ええー、めんどくさい。奏が食べさせてよ」

「私だって毎日柊の家には行けないよ。大学始まったら今より行けないんだから、ちゃんと自分で食べて」


 ひとりだとメシ食う気にすらならないんだよなあ。腹は減るから何かしらは腹に入れるけど、ある物で一番手間のかからない物を食べる。

 奏が大学始まって来れなくなったら買い物も自分でしないといけなくなるのか……めんどくさ。


佳乃ヨシノは今日入学式だったのよ」

「へー、奏は?」

「私は来週」

「へー、国立と私立でそんなに違うんだ?」

「たぶん、私立はいろいろなんじゃない? 分かんないけど」

「てっきとー言っただろ。国立組様はこれだからー」

「別に、そういう意味じゃないわよ!」


 我が母校は全国でもトップクラスの進学校だった。大学進学率はほぼ100%だったけど、俺はほぼの方を選んだ。

 奏にも友達にも先生にも止められた。そりゃもー説得された。でも、強引に誰の話も聞かずに就職した。


 父親がうっとうしかったからだ。元々、この性格だから両親とも折り合いが悪かった。

 昔っから事あるごとに大学の話はされてたけど、高校に入ったら途端に「俺がお前を高い塾に入れてやったからだ」「俺がお前に金かけてきたおかげだ」「今のお前があるのは俺が金を稼いでるからだ」と俺俺金金うるさくなった。


 俺の性格が分かってるから、高校進学まではこらえてた部分まで露見したんだろうな。トップ高に行きさえすれば、俺がそのまま上位大学に進むと思ったんだろう。


 今の俺があるのは俺が必死に勉強した結果なのにって気持ちが抑えられなかった。

 両親からは罵詈雑言浴びたけど、構わない。

 働いて金貯めて、今まで金かけてもらった分利子付けて突き返してやる。その上で、事実上の親子の縁を切らせてもらう。



 まだ引っ越したばかりのせまいワンルームに奏が来て夕食を作ってくれる。

 俺と合流する前に買い物してたらしい買い物袋を丸いローテーブルに置いて中を見ると、卵、ケチャップ、鶏肉、玉ねぎ……奏の数少ないレパートリーからすると、オムライスか!


「やったー! ありがとう、奏! 俺奏のオムライスが一番好きー」

 調理に取り掛かろうとする奏の腰にまとわりつく。

「もー、危ない! これじゃ包丁持てない! ほんと犬みたいなんだから」

 と苦笑いしながら小さすぎる台所に立つ奏にまとわり続ける。あー、疲れが吹っ飛ぶ! 明日からもがんばって良い子の社会人をやろう!


 そのためには、あの恵利原部長を早急に何とかしたい。恵利原部長のせいで営業は工場よりも人の入れ替わりがひどくて、今年の新入社員もふたりも営業に配属になったと聞いた。

 コロコロ人が替わられたんじゃやりにくい。どーすっかな……。


 一番参考になりそうなのは高橋さんかな。恵利原部長に「高橋だの片橋だのややこしいんだよ」とどうしようもないことを声を荒げて言われても「そっすよねー」とヘラヘラ笑ってた。

 あれはもう腰巾着と言っていいと思うけど、高橋さんが営業の中で一番かわいがられてるっぽい。あの路線自体は正解なんだ、きっと。


 かわいく従順に、俺の犬の面を全面に出していけば何とかできるかもしれない。

 気に入られてからなら、聞く耳も持つだろう。まずは懐に入り込むところからだ。

 段階を踏んで徐々に――

「柊! 柊! 柊ってば!」

「何」

 考え事してんのに、うっせえな。

 顔を上げたら、奏から笑顔要素が消え失せた。あ……。


「もう! そんな顔しないでっていつも言ってるのに! 気分屋なのは分かってるけど、急にそんな怖い顔されたんじゃこっちだって不愉快だよ」

「あ……ごめん、奏」

 取り繕って笑う。もうー、ってだけで、奏は治めてくれる。

 奏はよくこんな俺と付き合ってくれてるよな。いつも犬の面だけでいられたらいいのに……。

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