第11話 新入社員の紹介

 大会議室とプレートのある大きな部屋に通される。テーブルを全部壁側に寄せてスペースを作ったようだ。

 中にはすでに、20~30人くらいの人がいる。数人ずつ固まって、談笑している。

 作業着の人、スーツの人、事務服の人、私服っぽい人と服装が結構バラバラだ。


 会議室に入ったところで、ちょっと待っててくださいね、と水城ミズシロさんがスーツと事務服のかたまりに行ってしまう。


「高校みたいに制服みんな一緒じゃないんだ。社会人になったんだなって実感するわ」

 と新入社員女が言った。社会人は初対面の人間にいきなりタメ口きかねーだろ。

「うちの高校は制服なかったから、よく分かんないですね」

「俺も専門学校は制服なかったんですよねー」

「ええー、いきなりひとりぼっちなんですけど」

「ひとりぼっちだなんてことないですよ! 新入社員はこの3人だけなんですよね? 協力し合ってチームプレーで行こうぜ!」

 アツいヤツだな。体育会系だろうか。話が合う気がしない。


「ありがとう」

 新入社員女は思いのほかうれしかったらしく、笑顔だ。

 茶色の長い髪をキレイにややこしく編み込んでいる。時間かかりそ。


 小声で新入社員同士しゃべっていたら、

「そろったみたいだから、ちょっと早いけど始めますー?」

 とスーツのおじさんが大きい声で聞いている。


 見てみると、ベージュのスーツで中肉中背の、若い頃はイケメンだったんだろうなって思わせるかっこいいおじさんだ。50代くらいだろうか。声も渋くてかっこいい。どうせ年取るならあんな風に年取りたいもんだな。


「もう、そろったんだ」

 と応じているのは、ちょっと小太りで小柄ながら風格と威厳を感じさせる50代くらいの黒っぽいスーツのおじさんだ。

「そうだねー、みんな仕事中断してるし、ただ時間来るの待ってるのも時間の無駄だもんねー」

 とかっこいいおじさんの方へと歩いて行く。

 風格あるおじさんのしゃべり方には威厳はないな。見た目にはあの人が社長かなと思ったんだけど。


 かっこいいおじさんが、水城さんのいるかたまりに向かって

頼野ヨリノくーん! 始めるよー、よろしくー」

 と叫んでいる。

 背の高いグレンチェックのスーツの50代くらいそうなおじさんが「はーい」と手を上げ、

「じゃあ、よろしくね」

 と水城さんに言ってかっこいいおじさんと風格あるおじさんの元へゆったりと歩いて行く。


 もしかして俺、おじさんはみんな50代に見えてるかもしれない。


「新入社員諸君、こっちに来てー」

 と、頼野くんと呼ばれていたおじさんが手招いている。

 はい、と近付くと、

「みんなに紹介するね。この時期って繫忙期でみんな忙しいもんで、簡単に済ませちゃうけど。また後から改めて各部署回るから」

 と申し訳なさそうに言う。


 頼野さんと風格あるおじさんの間に我ら新入社員が3人並んで立つ。風格あるおじさんの横にはかっこいいおじさんも立っている。

 お、始まるのかなって空気になった。

 水城さんが会議室を出て行く。


 え、出てっちゃうの? 今から紹介してもらうのに。

 仕事が忙しいのかな……聞いてほしかったな、俺の名前。


「新入社員の紹介を始めまーす」

 司会進行は頼野さんらしい。頼野さんが一歩前に出る。

「みなさん! おはようございます!」

 みなさんから「おはようございまーす」と返って来る。

 あ! やべ! 乗り遅れた。俺は頼野さんのすぐ隣だから、まーすがかろうじて間に合っただけになってしまったのがバレバレだろう。

 俺の隣に立つ新入社員女はもちろん、さらにその隣の新入社員男の声までハッキリと聞こえた。まずい、いきなり出遅れた! 気合入れて行こう!


「まずは、社長からひと言お願いします」

 頼野さんが退くと、風格あるおじさんが一歩前に出る。

 あ、あの人が社長で合ってたんだ。


「新入社員の方々、我が社へようこそ! 小さい会社ではありますが、それを利点ととらえ、上司部下関係なく社員同士風通しの良い会社を目指しております。まずは、従業員の方々、地域の皆様にこの会社を好きになってもらいたい。それが会社の利益にもつながるという理念でやっている会社です」


 へえ、社長の理念がそれなら働きやすそうな会社だな。

 ただ、社長の話が止まらない。校長先生と一緒で、長が付く人の話は長いと相場が決まってるんだろうか。

 皆さん真剣な顔で社長の長い話聞いてるけど、繁忙期で忙しいんじゃないの? 皆さん会社のこと嫌いになっちゃうんじゃないの?


 社長の長い話が終わると、頼野さんがまた一歩前に出る。

「では、新入社員の皆さんに自己紹介をお願いします。そちらの男性から」

 頼野さんのすぐ隣にいる俺ではなく、もうひとりの男に手を向けた。

 男は一歩前に出ると、

片橋カタハシ 雄二ユウジです。よろしくお願いします!」

 とハキハキと大きな声で言った。すげーな、あいつ。

 みなさんからも「おおー」と感心したような声と共に大きな拍手が送られる。


「尾崎 さくらです。よろしくお願いします」

 女も堂々とにこやかに言う。こいつら、緊張とかしないのかな。

 いや、負けてられない。俺も続こう! ふたりのいい所を取って、ハキハキと大きな声でにこやかに!


「清水 柊です! よろしくお願いします!」

 精一杯の笑顔で精一杯の大声を張る。

 かわいい~と女性の声がした。みなさんにこやかに拍手をしてくれている。第一印象はそこそこ良さそうかな?


「尾崎さんは総務、片橋くんと清水くんは営業に配属になります。次は各部長からメッセージを送りたいと思います。まず、僕が総務部長の頼野です」

 また長い話が始まってしまった。この人も長付いてたわ。全然簡単に済まされてねえんだけど。


 そこへ、水城さんが両手に何かいっぱい抱えて会議室に入って来た。

 壁際に寄せられている長テーブルの上に置き、紙を確認しながらチェックをしているようだ。マジックで何か書いている。


「これで、新入社員の紹介を終わりまーす」

 水城さんを見ているうちに終わったようだ。みなさんがゾロゾロと会議室を出て行く。


 水城さんの方へと歩いて行った頼野さんが、

「新入社員諸君ー、こっち来てー」

 と呼んでいる。


 水城さんがテーブルの上に置かれた物を手にしながら

「これ、靴です。社内ではこの靴を履いてください。これ、作業着です。向こうの工場に入る時は必ず作業着で入ってください。尾崎さんは総務だからガッツリ工場に入ることもないので、作業着代わりの白衣を置いてるロッカーを後で教えますね」

 と、さっきの天然っぷりが嘘のようにしっかりと説明してくれる。


「えーと、片橋くん」

 靴の箱の上に袋に入った作業着を乗せて、水城さんが俺と片橋の顔を見る。

「俺です、ありがとうございます」

「はい、シミズくん」

「あ……ありがとうございます」

「はい、尾崎さん」

「ありがとうございます」


 受け取った作業着と靴の箱には、漢字で「清水」と書いている。

 キヨミズですって訂正しようかとも思ったけど、流れを止めるのははばかられた。

 部署も違うし、話す機会ってあるのかな……水城さんに覚えてほしい。俺の名前はシミズじゃなくてキヨミズだって。

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