第8話 シュウちゃん

 ひと通りのサービス内容を教わって、白い簡素なワンピースを再び着る。

 スーツの人も、ジャケットは横に置いてザックリとワイシャツを着てベッドに座っている。

「流れは覚えた?」

「まあ……たぶん」

「完全に今の通りじゃなくても、得意なプレイを足してもいいから。でも引くのはダメだよ。クレームに繋がる恐れがあるから、今教えたことはやってね」

「クレーム? はい」

 こんな店に来るような人のクレームなんて、何言われるんだろう。怖……。


「体験入店ってことで、実際に2~3人ついてみようか。名前どうする?」

「名前? 水城ミズキです」

「え?」

 驚いたように私の顔を見上げる。何かしら。

「いや、そうじゃなくて。店で使う名前だよ」

 ああ、下の名前ってことか。たしかに、スナック・ホワイトタイガーでもマユとしか名乗ってなかったわ。


「マユです」

 スーツの人改めワイシャツの人が私の顔をじーっと見続けている。何かしら。さっきから何の間なのかしら。

「マユって本名じゃないよね」

「本名です。私本名しか持ってませんもん」

「こういう店では普通本名名乗らないんだよ。君、かなり天然?」

「全然です! 私なんてそんなの名乗れません」


 私なんかが天然なんてモテ要素名乗れない。高校の時にモテようとして天然ぶってるって言われている同級生がいた。

 本物の天然は、沖縄とハワイを同じ島だと思ってるような人のことでしょう? 私は区別ついてるもの。

 学校の授業で習った沖縄とテレビなんかで見る沖縄を別物だと認識してるんだろうなって同じ島だと思っちゃう理由は分かるけど、私は区別ついてるもの。


「本名がダメって訳じゃないけど、やめといた方がいいよ。何か付けたい名前ないの?」

 自分に付けたい名前なんて、逆にある人の方が少なくないかしら。私にはないなあ。

「じゃあ、尾崎さくらで」

 何も思いつかないから、さくらの名前でも借りておこう。

「苗字はいらないから。サクラはもういるんだよね。他の名前にして」

 ええー……何も出ないからのさくらだったのに。どうしようかしら……あ……。


「じゃあ、シュウで」

 とっさに頭に浮かんだ名前を言った。

「シュウか。えらい中性的な名前だね。男っぽいっちゃぽいけど、まーいっか。シュウちゃんに決定~」

 ワイシャツの人が笑顔で拍手してくれる。あら、ちょっと怖い人かと思ってたけど、全然怖くなさそうだわ。最初っから笑ってくれていれば良かったのに。そうしたら、黙ってついて来ないでお断りできてたかもしれないのに。



 お客さんが来るまで、この個室の部屋で待機をするらしい。

 シュウちゃんか……頭の中に、大きな赤いリボンを付けた清水くんが浮かぶ。どうせなら、リボンよりもネコ耳ならぬ犬耳かしら。

 それで、この白いワンピースを着たら……ふふっ、かわいい! シュウちゃんもこの店で十分働けるわ。


 そんな妄想をしていたら、壁の受話器がプルルルル、と鳴りだした。

「はい」

「シュウちゃん、横のモニター見て。知ってる人じゃない?」

「モニター?」

 そう言えば、モニターっぽい物がこの横にあったな。見てみると、40歳前後そうなおじさんの荒い画質の盗撮動画だ。

 ああ、言ってたな。客に会う前に知り合いかどうか確認できるから安心だって。こんな盗撮のような動画を見せられても何も安心はできないけど、こんなおじさんは知らない。


「知らない人です」

「じゃあ、お願いしまーす」

「はーい」

 えーと、モニターの横の鏡を一応見てチェックして、お出迎えか。

 優しそうなおじさんではあったけど、大丈夫かしら。私なんかが出て来てあからさまにガッカリされたりしないかしら。


 部屋から出てドアを開けてスタンバイをする。

 それを確認して、ワイシャツの人が

「お待たせしました、シュウちゃんです」

 とお客さんを促す。

 モニターで見た通り、優しそうなおじさんがこちらへ歩いて来る。

 あ、良かった、笑顔だ。ムッとはされてない。


 ちょっと安心して、私も精一杯の笑顔を作る。

「シュウです。よろしくお願いします。こちらへどうぞ」

「すっごい棒読みだね」

「え、そうでした?」

 緊張のあまり棒読みになってたかもしれない。シュウですだなんて、他人の名前を名乗ったのは初めてだもの。

 でも、笑ってくれたおかげで少しは緊張がゆるんだ。



 個室でスマホを手にベッドでゴロゴロしていたら、プルルルル、と受話器が鳴った。

 起き上がって受話器を取る。

「はい」

「シュウちゃん、上がっていいよ。着替えて制服持ってフロント来てくれる? 部屋出る前にこっちに連絡入れてね」

「はい」

 お客さんと遭遇しないように徹底されてるんだな。まあ、ふと出て知り合いがいたらお互いに気まずさが半端ないものね。


 言われた通りにフロントへ行くと、ワイシャツの人がえらくカジュアルなパーカースタイルになっていた。普段はカジュアルで、スカウトに出る時だけスーツなのかしら?


「どうだった? できそう?」

 と笑顔で言いながら、白い封筒を白いカウンターの上に置く。

「まあ、できなくはないですかね」

 と言いながら、自然と封筒に目が行く。

「あ、これ今日の給料。中確認して、これにサインして」

 サイン? 領収書かしら。……え?!


 領収書には、¥12000-と書かれている。1万2000円?!

 2時間ほど待機はしていたけど、お客さんについたのはふたりだけだ。ひとり30分と決まっているから、実働1時間。それで、1万2000円?!

 封筒の中身を出すと、本当に1万円札と千円札が2枚入っている。


 30分じゃほとんどしゃべってる時間はないし、教わったことをこなすだけでいっぱいいっぱいであっという間だった。

 お客さんとの話のネタ考えたり、リクエストされてうろ覚えのカラオケ歌ったり、諸々のしんどさを考えるとスナックよりも楽かも、とすら思った。

 それで、1万2000円?!


「できそうなら入店しなよ。シュウちゃん、お客さんのアンケートも良かったよ」

「アンケート?」

「最後に簡単なアンケートに答えてもらってんの」

 え……感想とか書かれてたりするのかしら。嫌だわ、なんだか恥ずかしい。


 カンカンカンカン! と、勢い良く階段を駆け上がって来る音がした。

 女性かしら。無意識に自動ドアの方を見ると、細くて背の高い、アイドルみたいに高い位置でツインテールのかっわいい若い女の子が入って来た。ミニスカートから伸びる足がすごく細いしすごく長い。

 なんてスタイルのいい子なんだろう。


「おはようございます!」

 ワイシャツの人改めパーカーの人にかっわいい声で元気にあいさつをすると、突っ立っている私にも笑いかけてくれた。かわいい!

「おはよう! リアちゃん」

 パーカーの人が手を上げている。


 え……このめちゃくちゃかわいい子、この店の女の子ってこと?!

 この店、あんなかわいい子が働いてるの?!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る