第7話 スカウトの甘い言葉にご用心
二階堂さんの壮行会は、なんということでしょう、ケイ様のいる天神森にほど近い韓国料理居酒屋だった。
夜9時を回り、店の階段を下りた所で二階堂さんがひとりひとりに
「今日はありがとうね」
と丁寧に声をかけている。
みんなが
「本当にお世話になりました!」
「ちょこちょここっちにも来るんでしょ? 待ってます!」
と感謝や二階堂さんが遠くへ転勤してしまう寂しさを伝える。
それを、
「ありがとう。来る時には名産品をお土産に持って来るから楽しみにしててね」
と大変に恐縮しながら、まるでみんなが自分に気を遣ってるんじゃないかって思ってそうにニコニコしている二階堂さんがかわいい。
福岡にご家族を残してきているから、戻れて良かったなあって面もあって、みんな寂しいけど大声で寂しいとも言えないのよね。
私も静かに寂しさを抱えたまま解散した。
さてと、ここからは自由時間だわ。
迷わず、天神森の方へと歩く。お金がないからケイ様のご尊顔を拝見には行けないけど、せっかく近くまで来たんだから高収入アルバイト専門情報サイトで見たお店が本当にあるのかだけでも確認しておきたい。
あまりにも都合のいいことばかり書いているように思えて、勇気は出ないくせに何度もサイトを見ているうちに本当にこんなお店あるのかしら? という気持ちになった。
一番気になっていたお店に行ってみる。お店の壁に料金表が貼ってある。
……高! たしかに、この料金ならサイトに書いてあったのは本当かもしれないわ。こんなにお金払うなんて、男の人は馬鹿らしくならないのかしら。
でも……こんなにたっかいお金を私に支払う人がいるとは思えない。やっぱり、私には風俗は無理だ。風俗はもっと、派手でかわいくてボンキュッボンのボディの持ち主でなければできない仕事だわ。
「店探してるの? うちならスカウトの子しか採用しないコンセプトだから、その店より客単価高いよ」
諦めて帰ろうとしたら、私よりも若そうな知らない小柄なスーツ姿の男の人が私の方を見てしゃべっていた。
私に言ってるのかしら……スカウト? 芸能人みたい。
「今なら講習できるよ。講習だけでも受けてみて働くかどうか決めたら?」
やっぱり私に言ってるっぽい。
「講習?」
「風俗初めてなの?」
「え……水商売はやってたんだけど」
年長者としての意地かしら。なぜか私だって夜の街で働いてたんだからね感を出してしまった。
このきらびやかな天神森とあんな場末のスナックじゃ天と地の差だと分かってるのに。
変な意地を張ったせいで、何となくこのスーツの人について行く流れになってしまった。
しばらく歩くと、この人の店に着いたのか白くて狭い階段を上りだした。非常階段みたいな鉄製なのか、今日はヒールの靴だからカンカン鳴る。
階段を上りきると、自動ドアがある。その上に「スカウト専門店 やんちゃなタイガー」って飾り文字とファンシーなタイガーのイラストが描かれた大きな看板があった。
やんちゃなタイガーか。私の古巣、ホワイトタイガーを彷彿とさせる店名だわ。何かご縁があるのかもしれない。
バイトしなくちゃ生活できない。こちらから行く勇気がないのに、あちらからこうしてお声がけいただけたのはありがたい。
店に入ると、すぐ正面よりやや左の位置に白いカウンターがある。店内も白い壁で統一されていて、清潔感がある。
スーツの人は、そのカウンター前を左に曲がり、すぐ左手の部屋に私を押し込むと自分も入り、
「このカゴにカバンと今着てる服を入れて、このベッドの下に隠して、そこの服に着替えて。準備ができたら呼んでね」
とさっさと部屋を出て行った。
服? 指差していた方を見ると、たしかに服があった。白いミニ丈のワンピースだ。
チャックを閉めればお着替え完了な簡素な服だわ。
言われた通り、バッグと着ていた服を入れたカゴをベッドの下に隠してドアの前に立つ。
呼んでねって……私、名前も知らないのになんて呼べばいいのかしら。
とりあえずドアを開けると、スーツの人が立っていた。
「じゃあ、早速だけど、まずシャワーに行きます。他のお客さんと廊下で会わないように、フロントに連絡してから部屋を出て」
と、ドアの右側の壁に備え付けられている白い受話器のような物を指差す。
その更に右には、モニター画面のような黒い四角い物も壁に埋まっている。
スーツの人が部屋を出て廊下を歩き、角を曲がっていく後ろをついて行く。
蛇腹の分厚いカーテンのような物を閉めて、
「で、シャワーはここね」
と、おもむろに服を脱ぎだす。
「え?!」
「お客様には脱がせてあげてね。で、シャワーを浴びます。はい、服脱いで。シャワー行くよ」
……え……今ここで、私もシャワー浴びるの?!
講習って、お店のサービス内容を教えることだったらしい。
ていうか……この人、新しくお店に入る女の子みんなに講習してるの? 自分がスカウトした女の子に?
役得すぎない?
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