第5話 青天の霹靂、大ピンチ

 今日も何事もなく仕事を終えた私は、その足で自宅の最寄り駅駅前にある細長いさびれたレジャービルの4階に行く。

 ここのテナントに入っている小さなスナック、ホワイトタイガーで私は会社には内緒でバイトをしている。


 ワンフロアに2店舗しかない。エレベーターを降りて右手を向くと、60代のママと40代のユウコさんが店の前に立ってドアに貼り紙をしていた。何してるのかしら?

「おはようございます」

「おはよう、マユちゃん。いきなりで申し訳ないんだけど、この店閉めることになったのよ」

「え?!」

 自分でも驚くほど、脳天から甲高い声が出た。


「困るわよ、ママ。そんな急に」

「ほんと、悪いわねえ」

 ママとユウコさんが覇気なく言い合ってるけど……。

 閉めるって……ええ?! ここで働けなくなるってこと?!

「困る! そんなの困る! 他の店でもいいから、どこか私の働き口ないの?!」

「ごめんねえ、マユちゃん。よそに媚を売らないスタイルでやって来たから、そういうのはないのよねえ」


 そんな……そんな! ママの営業スタイルなんてどうでもいい! そんなんだから閉店に追い込まれるんじゃないの?!

 私の副業先がなくなるなんて、困るなんてもんじゃない。

 正社員とは言え、中小企業の小の方の事務のお給料だけじゃ今の私の生活は成り立たない。


 この収入がなくなったら、私はこれからどうやって借金を返しつつケイ様に会いに行けばいいの?!



 自宅で壁にもたれかかりながら、スマホの画像フォルダを開き、ため息をつく……ああ、ケイ様、神!


 セットする気のないバシバシの金髪ロン毛がカッコいい。毛先枝毛だらけなの。

 店内の激しいライトを反射しまくるメタリックシルバーのシャツに、発色のいい紫のスーツとかヤバい!

 いつ見ても目が痛いほどに派手でカッコいい。


 ホストなのに、バツ4を公表してるところも嘘がなくて好き。子供たちは全員元嫁たちが連れて行ったんですって。そりゃそうよね。


 養育費を捻出するために、こうやって独自の営業をして私たちファンから直接現金を得ようというオーナーをも恐れない営業スタイルも素敵なアイデアだわ。

 私たちは1万円でケイ様のお写真を10枚もこのスマホに収めることができたおかげで、こうしていつでもケイ様のご尊顔を拝見できる。

 そして、その1万円がケイ様のお子様の健やかな成長のために使われるなんて素晴らしい。まさにwin-winの関係だわ。


 あー、ケイ様31歳のバースデーも近付いて来ると言うのに……このままじゃ、バースデーイベントに行っても写真も撮れないしグッズも買えない。

 いつもは10枚も撮れるケイ様シングルばかりを選んでしまうけど、今度こそはツーショット5枚にしようと決めてたのに、そんなの嫌だ!


 ケイ様に貢ぎまくって早4年。

 出会ったころは、もう24時間ケイ様のことしか考えられずに、消費者金融で借金してまでお店に通った。

 おかげで、顔と名前を覚えてもらうまでそんなに時間はかからなかった。


 ケイ様はお優しいから、

「ちょこちょこ短時間で来るより、お金貯めてドカンと使ってよ」

 と毎日でも通おうとする私を止めてくれた。

 それからは、夜のバイトを始めてお金を貯めてお店に行くようになった。


 ものすごい勢いで増える一方だった借金も、返すようになった。でも、元本で言ったら大して減ってない。

 毎月2万以上返済してるのに、ほとんど利息……。


 バイトしなきゃ! なるべく高時給の!


 ケイ様のご尊顔をもう一度見て気合を入れ、バイト情報サイトを検索する。

 どうせなら、ケイ様のお近くで……ケイ様のお店は、日本有数の巨大な歓楽街、天神森テンジンモリにある。

 ホワイトタイガーのような場末のスナックじゃ時給1500円だけど、天神森ならもっと時給のいいスナックもあるんじゃないかしら?


 ……あー……そもそもスナックないし、時給は驚くほど高いけどキャバクラなんかは年齢で引っかかる年になっている。

 24歳までとか、20代前半までとか。


 24と26に差なんてある? 私24の時も今と何も変わってないわよ? 借金残高も大して変わらないわよ? むしろ、お金がない時にキャッシュカード感覚で引き出しちゃう時あるから微増してる可能性まであるわよ?


 くっそー、天神森は全滅か……あ!

「女の子必見! 高収入アルバイト専門情報サイト」という広告が目に入った。


 そうか、見るべきはこっちだわ。普通のバイト情報サイトじゃ、水商売の案件が少ないんじゃないかしら。


 タップして、高収入アルバイト専門情報サイトなるものに飛ぶ。

 ……え……高収入って、風俗か! そりゃー高収入でしょうよ!

 喜ばせないでよ! 私切羽詰まってるのに!

 もー、探せばこの中にも水商売はないかしら?


 ……なかった。

 時間を無駄にしただけだったわ……。


 でも……風俗なら、年齢制限はクリアしている。日本有数の歓楽街、天神森でさえも。

 しかも、さすがは天神森の風俗、本当に? って疑っちゃうくらいの高収入だ。

 本当に、こんなにお金もらえるんなら……。


 んーでも、さすがに風俗はなあ……。私に務まる仕事だとも思えない。キャバクラにチャレンジする勇気すらなく、スナックを選んだくらいだもの。

 風俗なんて、とても勇気が出ない。


 年齢制限は27歳まで。来年の誕生日までだ。

 そんなギリギリから始めるくらいなら、どうせやるんなら、今でしょ。


 バイトはしないと生活できない。働かないと……ああ、でも、やっぱり勇気が出ないわ。

 応募ボタンを押すことなく、未練はたらったらながら、サイトを閉じた。

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