第4話 会社のキヨミズくん
「
出社したら、朝一でさくらに謝られてしまった。
「別に、さくらが言うほど酔ってるようには見えなかったわよ? ちゃんと話もできてたし」
「そうじゃないのよ、態度よ態度。清水、酔うと俺様男になるのよ」
「ああ、俺様ね。たしかにいつもの清水くんとまるで違って驚いたわ」
「ムカつくよねー。清水のくせに全然かわいくないの。えっらそうな俺様男嫌いだわー」
さくらは本当に嫌そうだけど、私はむしろ好み。しっぽ振ってついてくるようなワンコより、あれくらいなら強引に引っ張っていく俺様の方がいい。
また、あんな清水くんが見たいなあ。ああ、清水くんを酔わせたい。
と、なんだか清水くんのことばかり考えながら工場から総務の部屋に戻る途中で、
「
と名前を呼ばれた。
振り向いたら、清水くんが小走りでやって来る。かわいい、柴犬が走ってくるみたい。今日も今日とてワンコってるなあ。
外から帰って来て営業の部屋に行くところかしら。総務と営業は部屋が隣だから、廊下で出くわすことはまあまあある。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「俺昨日、ホテル代渡してませんよね? すみません、急いでたものだから気が付かなくて。いくらでした? 半分出しますよ」
笑顔で清水くんが財布を出す。あら、律儀な子ね。かわいい顔に似合わず黒い皮の二つ折りの財布なんだ。意外と男っぽい小物を使うのね。
「えーと、いくらだっけ……あれ? 私も覚えてないかも」
ちょうど料金ピッタリ持ってたから、なんだか気分良くなったことしか覚えていない。
いや、昨日のホテル代よりも、そんな話を自部署前の廊下でしてることの方が双方問題じゃないかしら。
清水くん天然だから、これからも平気でそんな話をしてきたりするかもしれない。
「それはもういいから。清水くん、仕事に直結な話以外で水城さんって呼ばないでくれる?」
「え? よく分かんないけど、分かりました。呼ばなきゃいいんですね」
あっさり分かってくれたみたい。素直ないい子ね。
それぞれの部署の部屋に分かれる。
そのまま清水くんと顔を合わせることもなく、お昼休みまで私はずっと総務の部屋で仕事をしていた。
午前中はたいがい、毎日同じ仕事をしている。何か仕事を振られても、よほど急ぐと分かってることでなければ「午後からでも大丈夫ですか?」と聞く。
日次業務が午後に及ぶと、何か午後からの仕事がグダグダになってしまうことが多かったから、験担ぎ的な感じで。
お昼休みになり、いつものように総務部長の頼野さんとさくらと一緒に食堂に行く。
食堂と言っても、長机が並べられているだけで販売はしていない。お弁当屋さんに注文している人のお弁当が入り口すぐに積まれていて、その横に割り箸と電子レンジが置かれている。
家が近くなら帰る人も結構いるし、この辺りは飲食店が多いから外で食べる人も多い。
工場の人はお昼休みが交代制だから、この時間の食堂は空いている。
8人くらい座れそうな長机の真ん中辺りに私とさくらが並んで座り、その前に頼野さんが座る。毎日食堂を利用していると、定位置ができてくる。
入り口がよく見える壁際に座っている頼野さんが、
「お! 営業若手三人衆がそろってるなんて珍しいね! こっちおいでよ、一緒に食べよう」
と手を上げた。
総務部長の頼野さんは、偉いさんみたいなのに全然偉そうではなくフレンドリーで、みんなから信頼が厚い自慢の上司だ。
清水くん、片橋くん、
清水くん、大丈夫かしら……高橋までいるし。
「水城、弁当なの?」
と言いながら私の隣に座った高橋はコンビニの袋を持っている。
「そうよ」
「お前、何個卵焼き入れてんだよ! まずそー、これもう卵焼き弁当じゃん! なあ、一個くれよ」
「……まずそうなんでしょ」
勝手に私のお弁当箱から卵焼きをひとつ手づかみで取って、口に入れる。
「あー、やっぱまずいわ。もう一個くれよ。さてはお前、卵焼きくらいしか料理できねーんだろ」
小学生みたいだわ、高橋。うっとうしい。何なのかしら。
どうして文句を言われながら私の卵焼きが減らなきゃならないのかしら。
料理は好きだし得意な方だけど、たくさん量を食べたいから朝の時間のない中で大きな卵焼きを焼いて切って詰めてるのに。
たくさん卵焼き食べたかったのに。
高橋と話すと、毎回嫌な気持ちにさせられる。
何かしら文句や悪口を言わないと話せない人種らしい。
高橋の前、頼野さんの隣に清水くんが、反対隣のさくらの前に片橋くんが座った。
「総務と営業ってさ、部屋は隣なのに交流が不足してるなって前から思ってたんだよ。今どき飲み会とか宴会の強要でパワハラらしいけど、みんな酒好きだし交流会しない?」
「いいですね! しようよ、片橋!」
頼野さんの提案に、いち早くさくらが乗った。
「いっすね。頼野さんのおごりですよね?」
と片橋くんが笑った。
高校までバスケをしていたらしい片橋くんは背が高くガッシリとしていて、短髪の黒髪もあって男っぽいという印象を受ける。
「経費ね、経費」
みんな、いつどこで開催するかで盛り上がりだした。
交流会か……結局飲み会よね。
また、お酒を飲んだらちょうどいい俺様な清水くんを見られるのかしら。楽しみ。
「清水はあんまり飲むなよ。酒癖悪いんだから」
高橋め、いらんことを。
「分かってますよ」
「せっかくの交流会なんだから、好きに飲ませてあげなよ」
清水くんは笑顔で受け流したけど、私が反論する。
「お前、コイツの酒癖の悪さ知らねえんだろ」
ううん、知ってる。ちょうどいい俺様になるんでしょう。
「茉悠ちゃん、おととい清水の介抱してくれたから知ってますよ」
「介抱?!」
「あ、そうだ水……茉悠さん、これ。俺持って帰っちゃってたみたいで、昨日家に帰ってから気付いたんですよ」
清水くんが私のタオル地のハンカチを差し出している。
茉悠さん? なんで茉悠さん?
……ああ、水城さんって呼ばないでって言ったからか。清水くん、本当に天然さんだなあ。仕事に直結な話以外で話しかけないでってつもりだったんだけど。
「ハンカチなんて貸したかしら?」
でもたしかに私のハンカチだ。受け取ってポケットに入れる。
「昨日?! え、茉悠ちゃん、あの後清水とお泊りしたの?!」
さくらが大声で驚いている。どうしたのかしら。
「あの後? どの後?」
「合コンの後!」
「ああ、合コン。カルアミルクが濃かったのよねえ。カルアミルクって、アルコール度数高いの?」
と清水くんに聞いた。
「カルーアミルクみたいですよ。俺も前カルアミルクだと思ってたんですけど。俺は度数気にしたことないけど、たぶん高めですね。美味しかったですか?」
「うん、美味しかった」
清水くんがニッコリかわいく笑うものだから、私もつられて笑顔になる。
「え……お前ら……え?!」
高橋が驚いたように私と清水くんの顔を見比べている。
さくらといい高橋といい、ハンカチ返してもらったくらいでどうしたのかしら?
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