第3話 目覚めの朝
そんなこんなどんなで私は今、日曜日の朝を迎えている。
ここ、どこかしら?
サイドテーブルに置かれたご案内と書かれたパンフレットを手に取る。
ホテル・ブルーフォレスト……ブルーフォレスト? 青い森?
だから、こんなにやたら照明が青くて大きな鉢に大きな木がたくさん置かれているのかしら。森林浴みたいで屋内なのに癒される。まさにブルーフォレストだわ。
あら、
フォレストに森があるなら、リバーには川があってフォールには滝があるのかしら。なにこの大自然コンセプトのホテルグループ。おもしろい!
思わず笑ってしまったら、「んん……」と清水くんが目覚めた気配を見せた。
青い照明がまぶしいのか、目元を右手で覆いつつうっすらと目を開ける。
なぜかまた目を閉じ、また右手の下からゆっくりとまぶたを開く。
まだボーっとした様子で、瞳を動かし、私を見た。
「……カナ……デ……?」
カナ、デ?
ああ、カナデ、か。彼女の名前かしら。昨日フラれたばかりだから、目覚めた時に隣にいるのは彼女だと思ったんだろう。
彼女のこと、大好きだったんだろうな。
昨夜、この部屋に入ってすぐにトイレに行き、戻るとベッドのへりに座った清水くんがスマホを顔の至近距離で見ていた。
メガネ、やっぱり必要みたいね。ますます目が悪くなりそう。
清水くんがフラれたって言ってたのをすっかり忘れていた私は、清水くんの前まで行って、
「彼女から何か来てるの?」
と何の気なしに聞いた。
清水くんは下を向いたままスマホの画面を下向きにベッドに置くと、私の腰に抱きついてきて
「俺に彼女なんかいねーよ」
と言ってわずかに肩を震わせていた。
清水くんの黒髪を見下ろしながら、泣いてるのかな……と思った。
目覚めた清水くんは体を起こすと、
「あ……水城さん」
と私を見て笑った。いつものようにワンコかわいいスマイルだ。と思ったら、辛そうに顔をしかめた。
「あー、あったま痛っ……痛ってー。あー、吐きそう」
え? 私の顔見て吐きそうなの? やめてくれる?
「大丈夫? 吐いてくる?」
どうしたらいいのか分からず、とりあえず吐きやすいように背中をさする。
「吐くの促すのやめてもらっていいですか。すみません、水か何かあったら欲しいです」
「水? あるかしら」
見回すと冷蔵庫らしき四角い白いものがあるから、開けて見るとペットボトルの水やお茶と缶ビールがあった。
「はい、お水」
と清水くんに水を渡し、私もお茶を開ける。
気付かなかっただけで、私ものど乾いてたみたいね。たぶん、昨夜店を出てから何も飲んでないもの。
「清水くん、大丈夫? 帰れる?」
「はい。大丈夫です、ありがとうございます」
にっこり笑う清水くんを見て、心にフワッと温かさを感じる。私もなんだかつられてたぶん同じような笑顔になった。
「もう出ますか?」
「そうね」
清水くんと特に共通の話題もないし、たっぷり寝たみたいでもう10時前だしチェックアウト10時って書いてたし。
「あ、チェックアウト10時って書いてたわ。急がないといけないんじゃないかしら」
「10時? 今何……急がないといけませんね。そんなのんびり言うからまだ9時過ぎくらいかと思いました」
清水くんが笑って言って、服を着始める。私も急いで服を着る。
普段は黒いスーツの清水くんが、濃いベージュの半袖ジャケットとゆるめのパンツのセットアップの中に白いTシャツを着ている。背が高いから、ゆるいラインの服でも様になっている。
キッチリした印象の黒髪黒ぶちメガネにベージュの優しい色合いがいい。シンプルだけど、すごく清水くんに似合っていてかわいい。
毛が長くて大きいんだけど優しいおじいちゃんみたいな顔をしてる犬みたいだわ。何て犬種だったかしら。
かわいい……うん、かわいい。
かわいいとは対照的な、昨日の強引な清水くんは何だったのかしら?
ここから駅までは10分もかからないみたいだ。ホテルを出て並んで歩く。
「水城さんは、家どの辺なんですか?」
「会社から、紅葉線で終点の方に3つ行って地下鉄に乗り換えて5~6駅くらいかしら」
「電車で言うんですね。終点ってどっちのことなんだろ」
清水くんが笑った。本当によく笑うかわいらしい子だわ。
「清水くんは?」
「俺は紅葉線1本です」
「乗り換えがないのはいいわね」
「紅葉線から地下鉄だと階段多いですもんね」
「そうなの。どうして下りにエスカレーターがあって上りにはエスカレーターがないのかしら。逆ならまだ分かるんだけど」
「なんででしょうね? 階段を下りる人の方が上る人よりも事故が多いとかあるんですかね」
階段を上る時、下る時を思い出してみる。たしかに、足元が危ないのは下ってる時だわ。
「そうかもしれない。謎がひとつ解けたわ」
「謎だったんですね。解けて良かったです。あ、水城さん地下鉄だったらここから下りた方が早いですよね」
清水くんが指差した方を見ると、地下鉄への階段がある。
「ああ、そうね。じゃあ、こっちに行くわね」
「はい。また明日、水城さん」
「え? あ、うん、また明日」
清水くんが笑って手を振っている。私も振り返して、地下鉄への階段を下り始めた。
たしかに、階段を上る時は特に足元なんて見ないけど、下りる時は想像以上に階段を凝視しながら下りるものね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます