第2話 俺様男

 壁に沿って、かぎかっこみたいな、コの字の上がないみたいな形のソファがあるテーブル席に連れて行かれた。ひとりで飲んでたにしては大きなテーブルね? 

 テーブルの上には清水キヨミズくんが飲んでたっぽいグラスがひとつあるだけだけど。


「何飲む?」

「えーと、チューハイかカクテル」

「ふーん。甘い系?」

「そうね」

「ねえ、コーヒー好き?」

「うん。あ、甘いのなら」


 私を見て、

「お子ちゃまだな」

 と言うと、店員さんを探してすみませーん、と声を掛けた。


 お子ちゃまって……清水くん、私より2歳年下なのに。


「カルーアミルクとモスコミュール」

 え? ふたつ頼んだ?

「私の分も頼んだの?」

「カルーアミルク好き?」

「飲んだことがないから分からないわ。勝手に頼まないでくれる?」


 清水くんがいつものように人懐っこく笑った。

「飲んだことないんなら飲んでみろよ。俺は好きだよ。甘くて濃いの」


 びっくりした……急に笑顔を向けられて、いつも見てるのはこっちの笑顔の方なのになぜかドキッとするほど驚いてしまった。


 清水くんはやはり傷心ハートブレイクだったせいか、飲むペースが早かった。周りにつられやすい私もお酒は強くないのにつられて飲んでしまった。


 初めて飲んだカルーアミルクは、清水くんの言ってたように甘くて濃くて、美味しい。

 やっぱりお酒だなって後味はあるんだけど、甘ったるいほどの甘さが先に来る。

 私にはとても飲みやすくて美味しい。飲みやすくてつい、人生最高に酔っ払ってしまった。


 お酒が進み、いつもは聞き役なことが多そうな清水くんが饒舌にしゃべる。


「俺、キヨミズって名前なんだけどさ、ずっともう3年以上もシミズって呼んできてた先輩がいたの。もーシミズでもいいかなと思ってたんだけど、他の人がいてもシミズって呼ぶもんだから、え、この人キヨミズなの忘れちゃってるの? って空気になったことがあってさ」

「え……へー……」


「仕方ないからキヨミズですって訂正したら、シミズって書いてキヨミズって読むなんて、名前まで天然だねって言いだして。名前が天然って何なのって話だよ。天然なのはお前じゃんって!」

 あはははは! とうれしそうに清水くんは爆笑していた。あら、いいわね、楽しそうね。


「その先輩はさ、水に城って書いてミズキなの。でも俺、ずっとミズシロさんって心の中で呼んでたんだよ。名札を見ただけで名前を呼ぶ機会がなかったからミズキだって知らなかっただけなんだけどさ。お前の名前も天然なんじゃんって!」


 そうよね、なんか覚えあるなって思ったら、私の話だよね、と清水くんの笑ってる顔を見ながらその時私は思った。私の名前、水城ミズキ 茉悠マユだもの。

 え……清水くん、私がその水城だってことも分かってないの?!


 いくら総務と営業で部署が違うし関わりは一切ないとは言え、私と話したことがあるのは覚えてるのに?

 たしかに今の話通り、何回かシミズくんって呼んでたし、キヨミズですって言われた時にはもうすでに清水くんは天然でかわいい子だって定着してたから、つい名前まで天然だねって言った覚えがある。


 でも、その清水くんと初めてまともにしゃべったのももう2年以上前だと思う。なんで今更、そんなただ名前の読み方を間違えて覚えていた話なんて、こんな楽しそうにしてるんだろう?


 それは私だよって言おうと思ったけど、私が水城だと認識できていない清水くんにどう言えばいいのかしら?

 思案を巡らせるも私もなんだかお酒飲んじゃってるし、何も思いつかない。もういいか。キヨミズでもシミズでもミズキでもミズシロでも何でもいいんじゃないかしら。名前なんて記号みたいなもんだし。


 そろそろ深夜12時になろうって頃だったかしら。

 清水くんが何やらスマホを熱心に操作していた。何か調べてるのかしら? とすっかりハマったカルーアミルクを飲みながら見ていたら、突然顔を上げて私を見た。


「ねえ、俺についてきて」

 と一方的に言うだけ言って清水くんが立ち上がってお会計に向かった。

 帰るってことかしら?


 さくらたちはまだ大きなテーブル席で合コンが盛り上がっていた。

「さくら、清水くん帰るみたいだから、一応どこかまで送って行くわね」

 ついてきてとは言われたけど、どこまでついて行けばいいのかは知らない。とりあえず、店を出る報告だけでもしておこう、と思った。


「ありがとう、茉悠ちゃん! 清水、相当酔ってるから車の前に飛び出したりしないように見張っといてね!」

「怖いこと言わないでよー……」

 清水くんが車の前に飛びだしたら私はどうしたらいいのかしら。犬にリードを付けるように、飛び出すの前提に清水くんの服のすそでもつかんでおいた方がいいのかしら。


 清水くんは特に手元がブレるようなこともなく、ごく普通にスムーズにお会計をして店を出て歩き出した。足元を見ても、特に千鳥足でもない。ただ、歩いて行く。


 ついてきてと言われたから、清水くんのすぐ後ろ、やや斜め辺りを歩く。並んで歩くのは違和感があった。私と清水くんが並んで夜の街を歩く理由なんて何もなかったから。それほどに、私たちはこれまでほとんどお互いを知らない。


 ただ黙々と清水くんの斜め後ろを歩いていたら、突然清水くんが立ち止まって振り向いた。真顔だ。いつも笑顔の清水くんの真顔なんて珍しい。


 常に笑ってるから人懐っこいワンコのイメージだったけど、真顔だとどちらかと言うとネコっぽいんだな。意外なほどに目が鋭い。


 そんなことを考えて清水くんの顔を見ていたら、突然清水くんが私の手首をつかんだ。

 何?! 何なの?!

 席に案内するだけとは違う、力を込めて私を連れて行こうとしている。

 訳が分からず引っ張られるまま足が動いたら、何か建物に入った。中に入ってすぐに分かった。ラブホテルだ。


「清水くん!」

 さすがに抵抗しない訳にはいかない。どうして、清水くんとラブホテルなんて入るのか、何も理由がない。

「俺今耳聞こえない」

 理由もなければ耳も聞こえないの?


 今までに見ていたワンコ系男子な清水くんではなく、強引でちょうどいい俺様な清水くんになんだか逆らう気なんて起きなくなった。

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