第33話 離脱
「すみよんの名において命じる。天の理を排し、時空を空間の楔を解き放て。ゲートトラベル」
レティシアの凛とした声で紡がれた呪文が終わるや否や、光のリングが異形の団長と美女型の上位悪魔を中に納める。
二本、三本と光のリングが増えていき、閃光が俺の目を焼く。
「気配が消えた……」
視界はまだチカチカしたまま戻らない。しかし、奴らがこの場にいなくなっていることは分かる。
第六感がずっと嫌というほど警笛を鳴らしていたからな。それが、完全になりを潜めたのだ。
「すみよんか!」
「ゾエさん、レティシアさんは気絶しちゃったよ」
「パルヴィ? 見えるのか」
「うん。光った時にね、ゾエさんの後ろにいたからとっさに目を塞いだもん」
目をぱちくりぱちくりと繰り返すが、なかなか視界が戻ってこない。
フラッシュをまともに見てしまったからな。
ふう、ようやく見えてきた。
レティシアとついでにサードも完全に意識を失っているようで、レティシアは団員の一人に背負われ、サードはパルヴィが抱っこしている。
「一体どうなってんだ……」
「分からないよ。だけど、魔物は消え、レティシアさんが気絶しているの」
「レティシアの魔法で魔物が消え去ったのか。倒したわけじゃあなさそうだけど」
「外に出よう? ここにいても、ね」
両手が塞がっているパルヴィは縋るような目で俺を見つめ、手の代わりに肩を俺の腕に引っ付けてきた。
そんな目で見ないでくれ、もう追いかけるなんて言わないし、ここで留まるなんて我がままも言わないさ。
奴らはどこかへ消え去った。その先が分かるのはすみよんだけ。
すみよんは気絶しているレティシアそのものなのか、レティシアの中に意識を飛ばしていたのか分からないけど、彼女が気絶している間は何も聞けそうにない。
気絶するまでの力を使い、俺たちを救ってくれたんだよな、すみよん?
その想いに応じるためにも、俺は冷静さを取り戻さなきゃならない。今すぐ奴らを追いかけたところで、今の俺には奴らを倒すことはできないのだから。
美女型の上位悪魔はともかく、元団長だったもう一体は即死耐性を持つ。
すみよんの言葉によると、即死耐性があるから心臓の血管を切って仕留めることができないらしい。
となれば、投げナイフしか手がないのだけど、ナイフじゃ致命傷を与えることは……不可能とは言わないけど、限りなく難しいだろうな……。
トロールでさえ投げナイフで仕留めるには難儀する。レッサーデーモンならば相当に難しい。更に上位となると、ってわけだ。
◇◇◇
団長とエタンの犠牲とモンスターの異常だと言う言葉では生ぬるい急激な進化について最後まで付き添ってくれた団員に報告を任せた。
俺はと言えばレティシアを自室のベッドに寝かせ、パルヴィと並んで彼女の目覚めを待っている。食事をしながらだけどね。
食べられる時に食べておかないとこの先何があるか分からないからな。団員じゃないことから、報告メンバーから外してもらったのだけど詳しく聞きたいとお達しがくるかもしれないし。
最後の瞬間を見ていたのは、俺を含め団員の二人とパルヴィだけだからな。団員の二人が手間を買って出てくれたので、俺とパルヴィはここにいることができるというわけさ。
サードは先に目を覚ましていて、バリバリとニンジンを食べている。
「ゾエさん、椅子を取ってくるね」
「あ、俺も行こうか」
「ダメだよお。乙女の部屋は秘密なんだからね」
二人分のサンドイッチを小さなテーブルの上に置いたパルヴィがヒラヒラと手を振り、部屋を辞す。
カラカラとした屈託のない笑顔を俺に向けている彼女であるが、内心は俺と似たようなものだろう。いや、俺以上のはず。
団長とエタンとの付き合いはパルヴィの方が遥かに長い。
何事も無く振舞っているように見せているだけだ。いたたまれない気持ちになるが、しばらくの間封印しよう。
奴らを仕留めるまでは。
「ん……」
サンドイッチの香りに誘われたわけではないだろけど、レティシアがくぐもった声をあげ目を開く。
首を起こさずに浮き上がるようにして、向きを変えふわりと座った彼女に対し変な声が出そうになった。
もう少し普通に動けないものなのか。宙に浮いてたような気がする。
「すみよん」
「すみよん? 私はレティシアですが……」
「あの動きでレティシアはないだろうが」
「いけぞえさーん。仕草だけですみよんだと決めつけるのはよくありませーん」
「すみよんだろ!」
「すみよんでーす」
表情が全く変わらないのが人形を喋らせているようで不気味だ。レティシアは少女と大人の中間くらいのすっと鼻の通った美人なんだけど、それが却って作り物感を助長させているというか、上手く言えないな。
お人形さんのように可愛いって言うだろ。あれが本当に人形のように動いたら余計奇妙に感じるというか、そんなところだ。
「すみよんはレティシアで、今まで俺のことを知らないフリしていたのか?」
気を取り直して尋ねてみたら、にいいっと口端だけを横に伸ばすレティシアことすみよんである。
怖いってば。
「レティシアが好きなんですかー? てっきりおっぱいさんが好きなんだと思ってましたー」
「……俺の好みはどうでもいい」
「レティシアの人格はもう一人のすみよんみたいなものでーす」
「ほほお。二重人格みたいなもんか」
「いけぞえさーんは思慮深いのか直情なのか分からなくなりますねー」
いちいち煽ってくるすみよんの態度にはもう慣れた。
どうやってかは置いておいて、すみよんは体を二つに分けたのだそうだ。すみよんの本体は別にいて、彼……いや彼女でいいのか、彼女はアストラル体と呼ばれる精神体になっている。力の暴走とやらの近くにいるだろう別の肉体とレティシアを自由に行き来することができるんだって。
ややこしいことにレティシアはレティシアで人格を持っている。いつからレティシアの人格が生まれたのかとか突っ込みどころ満載なのだけど、すみよんの言葉は容量を得ず、細かいことは分からない。
シンプルにまとめると、レティシアはすみよんの記憶を持っていないが、すみよんはレティシアの見聞きしたものを全て吸収することができるってことだ。
「俺、レティシアと行動していたこともあるんだけど、ずっと見てたのか?」
「いえー。すみよんはそこまで暇じゃありませーん。いけぞえさーんの頭に語りかける方が『あちら』に集中できるのでーす」
「今回はあえてレティシアの体に戻ったのか」
「そうです。このままではいけぞえさーんたちが全滅となっていましたからー」
「すみよんから警告してもらっていたけど、まさかこんな展開になるなんて……っく」
「いけぞえさーんが生きたいと願うように、魔物も同じでーす。同じだからといって、和解は不可能です」
モンスターと仲良くやっていくことに対しては、すみよんの意見に完全に同意する。
言葉は通じないし、遭遇すると戦いになるか逃走するかのどちらかだ。
例えは異なるけど、空腹のライオンと野ウサギを同じ檻の中にいれて仲良くできるのか? という問題に似る。
「ゾエさーん、椅子を持ってきたよー。あ、レティシアさん、起きたんだ。良かった」
椅子を抱えたパルヴィがベッドの傍にそれを置き腰かけた。
相変わらず、勢いよく動くと揺れやがるぜ。
パルヴィも来たところで、すみよんに「全滅する」と分析したのは何故か、から聞いてみるか。
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