第18話 肉、ニク

 ――翌朝。


「ゾエさん♪ 起きてますかー?」

「うん。ちょっと装備に手間取ってて」


 ガチャリと扉が開き、昨日と装いの異なるパルヴィが自室に入ってくる。

 胸だけを覆う薄紫の布とホットパンツの上から革の腰巻を装着し、上から長袖のジャケットを羽織っていた。

 ジャケットといっても裾が膝上まであるのでハーフコートと表現した方がいいかもしれない。腰にはポーチがついておりダガーを吊り下げている。

 背中には長弓と矢筒と装備だけで結構な重さがありそうだ。これで革鎧まで身に着けていたら、動きを阻害されそうだな。

 一方俺は昨日パルヴィに見繕ってもらった装備を装着しようとしていて……。

 黒のレザーパンツにポーチの付いた腰巻だろ。白いシャツにノースリーブのベスト。

 

「え、ええと。この金色のを二の腕辺りにはめるのだっけ」

「うん。パカっと開くからパチンと閉めるの」


 言われた通りに金の腕輪を左右から引っ張るとパカリと開いた。

 二の腕にあてがい腕輪を閉じると、生物のように締まりガッチリと固定される。

 あとはグローブか。

 中二チックな黒のグローブなんだよなこれ。指ぬきタイプで拳に金属板が付属している。

 ビリヤードのハスラーみたいな格好に中二グローブ……我ながらちょっとどうかと思う格好だよ。


「うーん」

「すっとしていて黒髪のゾエさんにピッタリ! カッコいいー」

 

 性能はともかく、見た目の微妙さに唸り声をあげる。

 ところがパルヴィはそうじゃなかったみたいで、両手を合わせキラキラっと目を輝かせていた。


「ほ、ほんとかよ……」

「うん! 夜のお店でもバッチリだよ」

「夜のお店って……」

「う。行ったことないけど……たぶん」


 適当だな、おい。

 パルヴィは俺の難しい注文を真摯に聞いてくれてこの装備を選んでくれた。

 文句を言うのはお門違いってやつだけどね。

 注文通り、服を着ている時と変わらないくらい動きやすい。付属品は腰のポーチとダガーを納めるホルスターくらいだから。

 首を回したり、その場で屈伸したりして動きを確かめる。

 うん。問題ない。重さも感じない。

 

「いい感じだ。高級品を着て歩いているようには見えないよね?」

「うん! 夜の街にいる人くらい普通。でも、バッチリ魔法繊維と加護はついているから安心して」

「報酬の半分を使ったから。なるべく長く使いたいものだよ」

「破けても修理できるよ! あたしのこれコートも何度か修繕しているんだー」


 コロコロとひまわりのような微笑みを浮かべ、その場でくるりと一回転するパルヴィ。 

 ズボンは硬い革より物理防御力があって、多少の魔法では傷がつかないそうだ。

 金の腕輪は全身の魔法防御力を高めてくれ、シャツはシャツで防火耐性が付与されているんだってさ。

 グローブの金属はシルバーメタルといって鉄より硬く魔法によるバフの効果を増大させてくれる加護がついている……らしい。

 

「くあ」

「サードはお留守番にしたいなあ」

「くあああ!」

「え、えええ」


 自分から手提げ袋に入りやがった。パルヴィの持参したあの可愛らしい柄のやつだよ。


「あたしが連れていくから、サードちゃんも一緒に行こうよ」

「パルヴィ、本当についてくるの? ドニもいるから心配しなくても大丈夫だよ」

「ちょうど、肉を調達したかったところだって団長が」

「肉……まさかネズミの?」

「うん。そうだよー。茶色のが美味しいってー」


 うへえ。ネズミを食べるのか。

 ひょっとしたら俺も既にネズミを……。料理されて皿に出てきて、美味しければそれでいいか。


「ジャイアントラットって毛皮の色に種類があるの?」

「うんー。黒から明るい茶色まで毛色があるんだよー。それ以外のもいるんだけど」

「へえ。それ以外も」

「うん。それ以外の色はジャイアントラットじゃなくて、モンスターとしての格があがるんだよ」

「シルバーウルフと……ええとダイアウルフだっけか、そんなもんか」

「ちょっと違うけど。そんなものだよー」


 ゲームでよくあるあれだろ。色違いになるとモンスターの名前が変わって強くなるんだ。

 ゲームと違うのは同じモンスターでも個体差が大きいこと。

 人間だってそうだろ? 俺とパルヴィ、エタンではまるで戦い方が違うし、敵との相性も異なる。

 同じように同種族のモンスターであってもレベルが違うのだ。

 俺の知っている例だと、シルバーウルフがあげられる。

 シルバーウルフは種族としてダイアウルフより強いが、最高峰と言われるフェンリルに比べれば三段階くらい格下だ。

 突然変異なのか長年に渡る戦闘経験からか、種族平均より強くなった個体がいる。それを「歴戦」と冒険者や兵団が呼んでいた。

 歴戦の中でも更に強い個体には「剛腕」といった別の二つ名が付与される。

 シルバーウルフの場合は、歴戦、魔狼、王狼と強くなるにつれて名前が変わるのだ。王狼ともなるとフェンリルの種族平均ほどにも強くなる。

 

 何が言いたいのかというと、「ゴブリンだから弱い」と決めてかかると痛い目にあうってことさ。

 どのような相手に対しても警戒を怠らず戦う。王狼がそうだったように、相手の実力を測り、分析し、慎重に事を運ぶことを忘れてはいけない。

 

 ◇◇◇

 

 パルヴィと彼女の手提げ袋に入ったサードを連れ冒険者の宿に向かい、ドニと自称紳士のドンカスターと合流する。

 

「おいおい。どんだけ持って帰るつもりなんだよ」

「兵団の肉を補充したいとパルヴィから聞いてさ。積めるだけ積んで帰るつもりだ」

「いっぱい食べるんだー。肉、肉」


 宿の脇に置いてあった台車を見やり、呆れたように言葉を漏らすドニに向け親指を立てた。

 兵舎に台車があったから、借りてきたんだよ。

 ジャイアントラットを満載して持って帰るのだ。

 台車の手すりを掴み、押し始めたところで馬車を引く馬と衝突しそうになる。

 御者に一言物申してやろうとキッと睨みつけ……毒気が抜けた。

 得意気に顎髭を親指と人差し指で挟むドンカスターの姿がそこにあったのだ。

 

「僕あねえ。時間を無駄にしないのだよ。行くからには稼ぐ。あーっはははは」

「馬車まで出してきて、洞窟と馬車を何度往復するつもりなのかねえ」


 ドニの皮肉に高笑いが止まるドンカスター。

 さすがに馬車は洞窟の中に入ることが難しいらしい。入り口に馬車を置いてとなったら、ジャイアントラットを狩って、馬車に置いて、ジャイアントラットを狩ってを繰り返さないといけないな。

 俺がやることじゃないし、彼は彼で好きにやるといいさ。あの様子だと何も考えてなかったようだけどね。

 

 そんなこんなで締まらぬまま、郊外の洞窟へ向かう俺たちなのであった。

 俺の初依頼ということでジャイアントラットを狩りに行くつもりが、随分と大所帯になったものだ。

 でも悪い気はしない。何のかんので俺を心配して三人がついてきてくれたわけだから。

 ちゃちゃっとジャイアントラットを仕留めて、今夜のご飯にするとしますか。

 この時まで俺はそんな軽い気持ちでいたのだ。この後起こることなんて露も知らずに。

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