第16話 さーど
「では、この用紙に手を乗せてくださいね」
受付のポニーテールのお姉さんから代金と引き換えに薄い青色の紙を受け取る。
大きさはA4用紙より少し小さいくらいかな。
受付用のテーブルに用紙を置いてっと。
「手の平を押し付ければいいのかな?」
俺の質問に笑顔で頷きを返してくれる受付のお姉さん。
「くあ」
しかしここで、俺の間に颯爽とアヒルが舞い降りる。
「あ……」と言うまでもなくアヒルが用紙を水かきで踏みつけてしまった。
「文字が浮かんでくる」
「獣魔でもペットでもモンスターでも測定することはできます」
「そうなんですね」
「もう一枚、購入されますか?」
お姉さんの顔が若干引きつっているが、追加の10ゴルダをテーブルの上に置く。
アヒルを両手で挟んで床に向けポイしてから、こいつの踏みつけた用紙へ目を落とす。
『名前:すみよん・ざ・さーど
種族:アヒル
クラス:-
体力:5
敏捷:8
精神:5
MP:-
スキル:-』
な、なんだと。種族はまあ適当に書きやがって感があるけど、アヒルだと言われれば納得するしかない。
しかし、こいつ、生意気にも名前がついている。
すみよんの眷属か何かか? 本人が中に入っていると思っていたのだけど、さーどってファーストとセカンドもいたりする?
本気でどうでもいいんだが、キツネザルとアヒルに加えてあと一匹何かいるのかもしれんな。
キツネザルと違ってアヒルを通じてすみよんと通信することはできないのかな。何度か喋りかけたのだけど、「くあ」しか返ってこないんだよ。
名前、どうしようか。サードでいいかなもう。
「サード」
「くあ」
うん、名前を呼んだら鳴いたので、アヒルの名前はサードで良しとしよう。使い魔登録は「すみよん・ざ・さーど」にするのか「サード」にするのかどっちか気分次第で。
アヒルハプニングで自分の目的を忘れそうになっていた。
受付のお姉さんは既に新しい用紙をテーブルに置いてくれている。
ペタンと手のひらを用紙に押し付け、文字が浮き出てくるのを待った。
『名前:
種族:人間
クラス:無
体力:-
敏捷:-
精神:-
MP:-
コモンスキル:無
ユニークスキル:無』
うーん。この数値、何を示しているんだろうな。
体力とは何を測定して出しているのか、とか、平均はどれくらいなのか、何てことも分からない。
そもそも、数値が無いじゃないかよこれ。
「ゾエさん、見せてもらってもいい?」
「鑑定結果はお前さんの能力が記載されている。見せる見せないはよく考えろ」
期待の籠った目でキラキラした様子のパルヴィにドニが釘をさす。
彼の警告は非常にありがたい。
「特に隠すような内容じゃなかった。鑑定結果を参考に仕事を受けたりできるようになるのか?」
「まあな。つってもあくまで参考程度だ」
そっか、あくまで参考ってことは数値が表示されていない俺でも仕事を受けることはできそうでよかった。
ほれっとパルヴィに鑑定書を渡した。
後ろからドニもそれを覗き込む。
「なにこれ、変だよ。とっても変。もう一回やる?」
「こいつは……エタンが見たらひっくり返りそうだな」
うおお。左右から同時に喋らないでくれ。
「何もわからないだろ?」
「全部の数値が表示されてねえって前代未聞だぜ。鑑定を歪ませてんのか? お前さんなら有り得そうで怖い」
「特に何もしてない。鑑定の情報を得たくて金を払ったわけだしな」
「ゾエさん。これ」
パルヴィが指先で挟んだ紙をヒラヒラさせ、テーブルの上に置く。
これ、彼女の鑑定結果なんじゃ?
「大事な情報じゃないのか?」
ハタとなり顔をあげと彼女に問うも、当の本人はにこおっとしたまま「どうぞ」とばかりにコクコクと頷くばかり。
「お前さんのを見せてもらったから、自分のもって奴だろ。俺のも見ていいぞ」
ドニも自分の鑑定結果が記載された用紙を押し付けてきた。
大事なものじゃなかったのかよ。どうしてこうも会ったばかりの俺を信用できるものか、と黒い俺が顔を出すもにやつく内心は抑えきれない。
一緒に戦い、秘密を打ち明けたドニは命の対価だと何かと世話を焼いてくれる。パルヴィは今日会ったばかりだったっけ。
彼女はドニ曰く不埒にも俺の鑑定結果を「見せてー」とあっけらかんと言ってきたのだが、自分の隠し事もなしという心づもりがあったからなのだろうな。
俺はそこまで割り切れないなあ……でも、嫌いじゃない。
『名前:パルヴィ・スレンシア
種族:人間
クラス:ソーサラー、アーチャー
体力:11
敏捷:12
精神:14
MP:320
コモンスキル:炎魔法適正、射撃
ユニークスキル:無』
『名前:ドニエプル・レングス
種族:人間
クラス:ウィザード、スカウト
体力:11
敏捷:14
精神:12
MP:450
コモンスキル:バフ魔法適正、MP回復+、登攀
ユニークスキル:鋭敏知覚レベル1』
「魔法使いだと、MPが出るから分かりやすいのかな? 同じ魔法使いでもクラスってのが違うんだな」
「うんー。クラスはどうしてそうなるのか分からないんだ。でも、魔法を使う人だとスペルユーザー、ソーサラー、ウィザードと変わっていくんだよ」
「戦士や他も?」
「うん! クラスは一杯あるからあたしの頭だと覚えきれないかな。初級・中級・上級みたいに覚えると分かりやすいよ!」
「ということは、ドニ……いや、何でもない」
パルヴィの前でドニのクラスを漏らしてしまうところだった。
彼女と彼の関係性が分からんし。これまでの雰囲気から知らない仲ではなさそうだけど。
ドニは討伐隊の手伝いをすることもあるって言ってたし。
そんな俺に向けくくくとどこの悪役だよって不気味な笑い声を漏らしたドニが苦笑しつつ口を挟む。
「(クラスが)あがったばっかなんだ。レティシアと似たようなもんだぜ。同じソーサラーでも実力に大きな開きがある。上にいけばいくほど同じクラスでも差が広がるってな」
「いいのか、ドニ。パルヴィの前でそんなことを。あと受付のお姉さんも目の前にいるけど」
「問題ねえ。冒険者ギルドは俺の鑑定結果を共有しなきゃなんねえし。パルヴィだって討伐依頼を受けることもある」
「ええっと、つまりギルドに知られる分には問題ないってことなのかな」
「おうさ。パルヴィは俺の能力を吹聴するような奴じゃあねえから、気にするな」
「他の表示項目も何なのか教えて欲しいところだけど、俺が冒険者としてやっていくならこの鑑定結果をギルドに見せないといけないってこと?」
「そうだ」
「全く、それならそうと最初から」
「鑑定結果を見てから冒険者やるのか他にするのか決めりゃいいって思ってたんだよ。お前さんが冒険者をやるって言ってたのはもちろん覚えてたぜ」
おどけた様子でパチリと片目を閉じるドニだったが、似合わな過ぎて不気味さを醸し出していた。
鑑定のそれぞれの項目はいずれ、知ればいいか。
知らない情報が次々に入ってきて頭がパンパンになっていることだし……。
「クラスは二つまで表示されるんだよ。あたしは弓を使っているからアーチャーって出ているけど、初級クラスだったら武器を使えばすぐ表示されるようになるのー」
「ま、待って。もう何が何だか。武器や魔法を使えばクラスに表示されて、誰が判別しているのか知らないけど、熟練したと判断されたら中級・上級になるってことだよな」
「そんなところー。あと、体力とかはー」
「それは、おいおい聞かせて……、覚えきれない」
パルヴィが教えてくれることは非常に、非常にありがたい。だけど、俺の頭が追いつかない。
鑑定のことだけ把握すればいいのだったら、何とかなる。
この世界のことから街、モンスター、ギルド……いろんなことが一度に来ていて消化しきれていないんだ。
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