第15話 パルヴィ

 カラカラと声を立てて無邪気に笑うパルヴィは年齢以上に幼く見える。床に両手をつけて上を向いた姿勢なので、よく揺れるね。

 男って嫌な生き物だよね。そっちにばかり目が行ってしまうのだから。

 だけど、勘違いしないで欲しい。俺は大き過ぎるのは好みじゃないんだ。どうでもいいって? その通り。

 こちらが口を開こうとしたところで先にパルヴィが「あ」と声をあげる。

 

「そうだ。ゾエさん」


 床にお尻をつけた体勢から跳ねるようにパルヴィが立ち上がる。

 魔法使いでも、これほど身軽に動くことができるのか。

 と内心驚いていると、彼女は人差し指を立て尋ねてくる。

 

「この子の名前はアヒルさん?」

「アヒルってのは種族名だよ。名前は決めてない」

「そうなんだ! あたし、使い魔にするならアヒルもいいかもって。だって、可愛いんだもん」

「そうかなあ」

「くああああ!」


 アヒルが目ざとく反応し、激しく嘴を上下に振った。

 言葉が通じるのなら……そんなわけないか。

 

「名前、決めないの?」

「うーん。正直なんでもいい……」

「あれ? 名前がまだって……あれれ」

「どうした?」

「使い魔登録をしていないの?」

「冒険者ギルドで使い魔の登録ができるんだっけ」

「だったら、すぐに登録に行く?」

「これから行くつもりだよ」


 言おうとしたら先にパルヴィが喋りかけてきたから、言いそびれていた。

 まだ昼にもなっていないから、お世話になろうと思っている冒険者ギルドに行くと伝えるつもりだったのだ。

 

「行こう、ゾエさん」

「連れてってくれるの?」

「あたし、今日は非番で特にやることもないし、アヒルさん、可愛いし!」

「ありがとう」


 そんなわけでアヒルを伴い、使い魔登録とやらをやるべく街へと繰り出すことになったのだ。

 

 ◇◇◇

 

 パルヴィから手提げ袋を借りて、アヒルを中に入れる。

 特に暴れるでもなく、袋から顔を出しボーッとしていた。だけど、ピンク色でレースの装飾まである手提げ袋はちょっとばかし恥ずかしい。

 それとなくパルヴィに持ってみる? なんて頼んでみたら嬉しそうにずっとアヒル入り手提げ袋を持ち歩いてくれたのだ。

 悪い気がしたけど、本人は「いいの? いいの?」と逆に俺が持たないことに気を遣ってくれる感じだったので問題ないはず。

 街の大通りを歩くと結構人通りがあって、アヒルが迷子になる懸念があった。

 これなら安心だね。登録の帰りにでも手提げ袋(布製)を買うことにしようか。

 

「ここだよー」

「くあ」


 パルヴィの声に合わせてアヒルも気の抜けた鳴き声をあげる。

 オレンジ色の屋根が特徴的な二階建ての四角い建物が目的地らしい。大通り沿いにある建物だったので、ここなら一人でも来れそうだ。

 

『冒険者の宿ゴルギアス店』

 ふと、看板に描かれた文字が目に入った。

 察するにここはドニが生業としている冒険者に関連する宿ってことなのかな? となると俺が冒険者になることができたら利用することになるかもしれない。

 宿だけなら兵団の宿舎で住むことになったので必要ないけどね。

 宿だと書いているけど、使い魔の登録とかお役所的なこともやってくれるのか。ん、んーと。でも冒険者ギルドに行くといって宿に来た?

 よくわからなくなってきたぞ。

 ……あれ。

 

「ゾエさーん」

「あ、うん」


 違和感を覚え、立ち止まってしまった。

 パルヴィの声にハッとなり、彼女に続いて中に……。

 あ、ああああ。そうか。読める、読めるんだよ。看板に書かれた字がさ。

 転移してから緊張の連続だったので、落ち着いてからも当たり前に受け入れていたが、そもそも俺とこの世界の人たちの言葉が通じている。

 文字だって日本語に見えていた。

 別世界で文化も風習も魔法まである彼らと俺の言語体系が全く同じなんて有り得ないと思う。

 だけど、現実問題、俺には彼女らが喋る言葉は日本語に聞こえるし、文字だって日本語だ。


「ゾエさーん」


 痺れを切らせたパルヴィが俺の腕をグイっと引いて自分の元に引き寄せる。

 む、胸が。それほど背が高い方ではないのだけど、小柄な彼女相手だとちょうど胸のあたりに俺の二の腕が。

 見上げてくる彼女は特に変わった様子もなく、俺だけが意識しているようで気まずい。

 

「ごめん。広いな、この宿」

「街の冒険者さんがみんな集まるところだもん。これでも狭いくらいじゃないかな」

「へえ。宿って書いていたけど、ロビーと受付、それに何だろこの掲示板みたいなの」

「『依頼書』だよ。ゾエさんって、みんなが言っていたように隠者さんなの?」

「隠者の師匠の元、修行をしていたんだ」

「そうなんだ。だから、冒険者の宿とか街のこととか余り知らないんだね!」

「うん。紹介してくれて助かってるよ。宿と書いているけど、ここがギルドっていいのかな?」


 俺の問いかけにパルヴィはこくこくと頷きを返し、俺に絡ませていない方の手に持つ手提げ袋から顔を出しているアヒルも首を上下に振った。

 それにしても、ここは……海外旅行以上の異国情緒溢れる屋内に嫌がおうにもテンションが上がりまくる。

 すげえ。ただの木でできているように見える掲示板だって、俺の知らない木でできているかもしれない。

 掲示板に張り付けている紙でさえ気持ちが昂る要素である。どんな素材なんだろうなこれ。パルプなのか、それとも動物の毛や皮なのかもしれないし。文字が日本語だってところで、ちょっとばかしがっくしくるけど、それもまた一興である。

 二階へ続く階段があったけど、どうなってんだろうな。


「上は?」

「宿だよ」

「冒険者の『宿』だもんな。宿泊施設もあるんだな」

「うん。ちょっとお高めだってー。でも、盗みが無いのがいいとか聞くよ」

「へえ。一階に出入りする人が多いのに。意外だよ」

「それは……ここで盗みなんてしようものなら、ね!」

「オシオキか」


 渋い顔でべえと舌を出すパルヴィである。どんなオシオキが待っているのか怖くて聞けんわ。

 どうも目的に応じて受付が別々になっているらしく、案内板もあるのでそいつを参考にすればいいとパルヴィからアドバイスをもらう。

 案内板は掲示板のすぐ隣にあって、ほうほう。


「よお、遅かったな?」

「ギルドに来ていたのか。ちょっとあの後いろいろあってな」


 声の主はドニだった。

 食事中だったようで、鶏肉の丸焼きのような料理が乗った皿に木製ジョッキが彼の座る席にあるテーブルに置かれている。

 早々にあの場を立ち去ったドニはその足で冒険者の宿(ギルド)に向かっていたのか。


「俺は冒険者だからな、依頼書はチェックしなきゃならねえ」

「のわりに、その飲み物……」

「そら報酬をもらったら、当たり前のことだろう」


 はははと笑い合う。

 ぐびっとジョッキを傾けたドニがちょいちょいと指先を曲げる。

 何だろうと思い彼に顔を寄せると、彼が耳元で小さく囁く。

 

「ついでに鑑定もしてもらえ。自分の力を客観的に見ることができる」

「鑑定……?」

「ついてきな。10ゴルダ用意しておけ。銅の硬貨を10枚だ」

「分かった。食事はいいのか」

「なあに、ビールはもう空だ。問題ない」


 丸焼きの方が半分くらい残ってるんだけど、いいんだろうか。俺を案内したらすぐ戻るつもりってことかな。

 鑑定とやらが何のことか分からないが、恐らく冒険者らにとっては「常識的なこと」なのだろう。

 素人感が丸出しにならないようにドニが小声で他に聞こえぬよう配慮してくれたことからの推測だ。

 王狼と剛腕の討伐報酬は既に受け取っている。お金はたんまりとあるのだ。

 

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