それから間もなくして、一人の人間の若い男がおれたちの前に姿を現す。若い男は、急にしかめっ面に変わると、血溜りを大股でよけながら小さい車に近づいてゆく。


「うわっ! 汚ったねぇなぁ……せっかく高い金かけて改造したのに、RCカーが台無しだよ、これじゃあ!」


 そして、ブッチの返り血を浴びた小さい車を嫌そうな顔をして掴み上げ、なにかを確認しはじめる。

 野生の勘でコイツが真犯人だと悟ったおれは、爪をめいっぱい出して、この人間に飛びかかった。


「わわわ?! なんだよ、この野良猫!? なんで暴れてんだよ!? やめろったら、こいつ!」


 怯む人間を尚も容赦なく襲う。

 この時のおれは、後先なんて考えてはいなかった。

 理性ではなく、野生の本能と怒りの感情だけが、おれの体を突き動かしていた。


「へゃあああ!? ブッチィィィィィィ!!」


 どうやら爺さんは意識が戻ったようで、大声を張り上げて人間の言葉を叫びながら、ブッチの亡骸なきがらに片足を引きずって駆け寄る。


「てんめぇ……わしだげでなく、猫にまで悪さしやがんのか! わしらが一体なにしたってんだよ、ああッ!?」


 興奮した爺さんもおれに加勢して、若い男に素手で襲いかかる。


「なっ、なんなんだよ、浮浪者のくせに! おまえも野良猫も、この街にいらない邪魔者なんだよ! てぇ!? やめろ、やめろよ! このクソジジイ!」


 やがて騒ぎが大きくなると、沢山の人間や警察官がやって来て、二人をどこかへと連れていった。



 それから小さい車も、爺さんの姿も、この河川敷で見てはいない。

 ブッチの亡骸は、地域ボランティアの人間たちが持っていってしまったが、きっと悪いようにはされなかったと思う。


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