はじき飛ばされる瞬間、小さい車の無機質で硬い車体ではなく、なにかやわらかくてあったかい物が当たった感触がした。

 実際、おれの体には痛みは少なくて擦り傷しかない。だが、まわりの地面やネコジャラシは血で真っ赤だった。


「こいつは一体……」


 起き上がると、その理由はすぐにわかった。



 ブッチだ。



 車輪をピクリとも動かさないでひっくり返った小さい車の手前で、同じように仰向けになった血まみれのブッチが倒れていた。


「おい、ブッチ! しっかりしろ!」


 駆け寄ってブッチの顔を何度も舐める。


「起きろ、起きてくれ! ああっ、なんてこった!」

「あ……兄貴ぃ……」

「ブッチ!」

「子猫は……子猫は無事ですかい?」


 目を閉じたままのブッチが喋るたび、髭袋から血の泡が弾け、大きな黒斑模様が隠れる程にまで赤く広がった。


「ああ、子猫は元気だ。ピンピンして、どっかに逃げちまったよ。ははは、恩知らずな猫だぜ」


 ブッチも、おれにつられて力無く笑って見せる。


「オイラは違いますぜ兄貴……ちゃんと……助けて頂いた御礼は……返し……ゴホッ、ゴホッ!」

「おい、ブッチ! しっかりしやがれ!」


 気がつくとブッチの腹の毛全てが、元の白さとはかけ離れた深紅の色に染まっていた。血の侵食はそれだけにとどまらず、砂利道までものみ込もうとしていた。


「ゴホッ……あれっ? さっきまでクソ暑くてまぶしかったのに、いまはクソ寒くて暗いや……」

「ブッチ!」


 おれはブッチの顔を必死に舐めた。


 そのあいだずっと、ブッチは喉を鳴らし続けてくれた。


 やがて、あたりには、ネコジャラシが風にそよぐ音だけが鳴り響いていた。






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